《遠い昔、深夜放送が好きだった人たちへ》間々田陽紀 小説の世界

★素敵な歌詞をどうぞ!(No.135)

★歌詞の創り手として大好きな、荒井由実さん、松本隆さん、中島みゆきさん、小田和正さん、竹内まりやさん、財津和夫さん6人の歌詞を紹介します。

そこで今日の【楽曲名:イチゴの誘惑/ 作詞:松本隆】のお気に入りのフレーズです!

突然醒めてしまう 誓の言葉よりも 夏より 眩しい瞳を選んだ

あきらめきれないから 強がり言うのかしら もうこれ以上 深く愛せない

いきなり 今あなたが背中を抱きしめたら 昔のように 甘くくずれそう

★松本 隆(まつもと たかし、1949年7月16日 - )は、兵庫県神戸市在住の日本の作詞家。ロックバンド「はっぴいえんど」の元ドラマー。
1968年に細野晴臣が掛け持ちしていたバンド「バーンズ」のドラマーとして活動中に小坂忠、柳田博義、菊池英二らに細野とともに誘われエイプリル・フールを結成(当時は「松本零」名義)した。

この時期に常に本を持ち歩いていて文学青年に見えたことから、細野より「松本、詞を書け」といわれ作詞を担当するようになる。エイプリル・フールが短期間で解散した後、細野、大瀧詠一、鈴木茂と「バレンタイン・ブルー(後のはっぴいえんど)」を結成した。

松本が出演したラジオ番組によれば、作詞は細野から「こんな詩を書け」といわれて渡された輸入盤レコードの歌詞を大学の友人に訳してもらい、自分なりに似せて作ったところから始まったという。

~出典:ウィキペディア~


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★Getcha Back /The Beach Boys (№385)

★この楽曲を聴きながら、本日の連載小説をお楽しみ下さい。『ザ・ビーチ・ボーイズ '85』 (The Beach Boys) は、1985年にリリースされたザ・ビーチ・ボーイズのアルバム。その1曲目に入っている楽曲です!

★ゲッチャ・バック - Getcha Back (Mike Love/ Terry Melcher) 3:02

本作はバンドのサウンドが打ち込みになり、デジタル技術によって時代にマッチさせようという試みが成されたアルバムであった。CDフォーマットで発売された初のオリジナル・アルバムである。「ゲッチャ・バック」はヒットとなり、本作以前のアルバムより売り上げはよかったが、依然として本作も商業的には失敗作となった。

発売当初は単に、バンドの再出発の意味を込めた『ザ・ビーチ・ボーイズ』というタイトルであったが、2000年のキャピトル・レコードからの再発の際、それまでファンの間で通称として呼ばれていた「'85」が付加された。

~出典:ウィキペディア~


『ナローボートで素敵な恋を!』(第16回目)3-4

『ああ、行こう!』
智史も亜梨沙の声掛けにすぐに応じた。2人はまるで今までの話を振り払うかのように、慌ててお店を飛び出していった。

 亜梨沙は母親がいつの時も亜梨沙のことを冷静かつ的確に見つめることができることを、原体験を通して分かっていた。それだけに母親が智史への手紙の中で、亜梨沙の気持ちを代弁していた内容が気になって仕方なかった。あまりにも母親の言葉は、今の亜梨沙にとって簡単に余計なことと言って無視することができない状況となっていた。

 何故なら今回も母親の言っていることは、正しくその通りだったのだ。32歳になっていた亜梨沙だったが、いつの時も母親が見つめている亜梨沙の姿は隠すことのできないものだった。だからこそ亜梨沙は自分でも何となく感じていたことを、母親が見抜いていたことで尚更混乱していた。

 混乱しているのは母親の言うとおりで、亜梨沙が父親の影響からきていた男性不信という殻を智史に関しては破っていることだった。そのことについて亜梨沙も何となく分かってはいたが、それをいとも簡単に母親は亜梨沙の中の変化として冷静に見ていたのだった。

 母親から予定外に投げかけられた言葉と、亜梨沙は真正面から対峙しようとしていた。正直に言えば母親の言うとおりで、亜梨沙は智史に特別の感情を抱いていた。それは亜梨沙が初めて男性に対して抱いた感情だった。それまでの亜梨沙だったら自分が相手に男性を意識した途端に、自らいつの間にか身を引いていた。

 ところが智史に関しては、亜梨沙はいつまでも智史の傍らから去ることはなかった。去るどころか、亜梨沙の方から積極的に智史のもとへ飛び込んでいっていたのだ。本来なら亜梨沙の母親のナローボートでの小旅行が終わった時点で、智史との繋がりは途絶えていてもよかった。

 あるとしら別の観光客のナローボートのオプショナルツアーを亜梨沙が、智史のところへ案内するくらいのはずだった。ところが週末になると亜梨沙は、智史のナローボートがツアーに出ていない時は必ずと言っていいほど通っていた。

 正直最近の亜梨沙は、智史が旅行代理店を辞めてナローボートでプライベートチャーターを始めたことに、強い関心を抱くようになっていた。短い間だったが、亜梨沙もすっかりナローボートの虜になっていたのだ。具体的に言うと今度いつ来ることが出来るのかを考えるのが嫌になった時に、いっそのことずっとナローボートに滞在していたいと思うようになっていた。

 学生時代も旅行代理店で働いている今までも亜梨沙は、目の前のことに集中して突き進んできたように思っている。そして今振り返ってみると、そのいずれの時々においても本当に楽しいと感じた一瞬などまったくなかったように思えた。そのことが当たり前で、感動などという言葉は絵空事のように受け止めていた。
 
 そんないつまで経っても結論などのでないことばかりを考えていた亜梨沙のところに、ある日突然緊急の電話が入った。電話の相手は、智史が緊急に担ぎ込まれた病院の事務員からだった。何と智史が救急車で病院に担ぎ込まれたとのことだった。本人がイギリスにいる知り合いと言うことで、亜梨沙の電話番号を病院側に申し出たとのことだった。

 亜梨沙は会社に事情を報告してから、すぐに智史が入院している病院に駆けつけた。病状について電話では何も知らされていなかったので不安と心配で荒い息遣いとなっていたが、そのままの状態で亜梨沙は智史の病室のドアを開けた。

『智史・・・』
目を閉じていた智史が、亜梨沙の声で目を覚ました。
『亜梨沙、申し訳ない。病院の方から誰か連絡のつく人を言われ、亜梨沙しかいなかったので・・・』
智史の話しぶりが意外としっかりとした声だったので、亜梨沙は取り敢えず自分が落ち着きを取り戻しているのを感じていた。

『そんなことは構わないわ。それで病気の方は・・・?』
亜梨沙は自分が一番気がかりだった病状について智史に尋ねた。
『それが専門的な単語の意味がよく分からくてね。でもネットでいろいろ調べたら、何となく分かってきたよ。病名は肥大型心筋症だと思う』
亜梨沙は聞きなれない病名が出てきたので、一気に不安が自分の胸の中で拡がっていくのを感じた。
『難しい病気なの?』


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★たった一言の歌詞で・・・・・

たった一言の歌詞が、その時の自分の想いと重なり合って忘れられない楽曲と巡りあうことがあります

例えば、松山千春さんの《時のいたずら》の中の『かわす言葉もなくて すれ違う心 一人歩き出した 君を見つめて 昔愛した人を 思い出しただけさ 今更言えないよ それは君だと

※「時のいたずら」(ときのいたずら)は、松山千春が1977年11月にリリースした3枚目のシングルである。・・・・・中島みゆきの楽曲「わかれうた」とコード進行がほぼ同行となっている。

後年、中島は自身のコンサートで「よく、似てるって言われるんだけれども、わたしゃ声を大にして言いたい。こっち(わかれうた)の方が先にできていたんだ!」と言い、「わかれうた」の途中で急に「時のいたずら」に変化させて歌っていたこともあった

~出典:ウィキペディア~


★ポールが武道館で・・・・・

Paul McCartney(ポール・マッカートニー) のコンサートが明日日本武道館であります。昨日の羽田空港にも700人近くのファンが出迎えたそうです。

ビートルズと言えば湯川れい子さんでしょう。今回のコンサートに当たってもオフィシャルサイトにコメントを掲載しています。長く音楽業界に関わってきたコメントであり、何となく重み?を感じますね。

※2017年4月25日。開演18時30分。そこにいる幸運な人達は誰なのだろう?その人達がまた、新しい日本の歴史の証人となり、日本の音楽史と文化の新しい創り手となってくれるのだと私は信じている。

 2015年4月28日の日本武道館。全28曲。終わってみるまでは解らなかったけれど、あれはポール本人にとっても歴史的な夜になったのだと思う。

ザ・ビートルズの日本武道館チケットの再現と、客席に置かれていた「おもてなし」の仕掛け。そしてポールの心臓さえも鷲掴みにして泣かせたコンピューター制御のライトの波は、まさにザ・ビートルズの来日から49年目にして、日本武道館を文字通り日本の、いや、世界の音楽の「聖地」としてくれた特別な夜となった。

ポール本人も語っているけれど、日本武道館公演の翌日には、ホテルから自転車に乗って、人知れずまた日本武道館を訪れて感慨に耽ったという。

 私自身も、1966年のザ・ビートルズの来日公演から51年間、日本武道館を世界的に有名にした68年ザ・モンキーズ、71年レッド・ツェッペリン、72年ディープ・パープル、72年カーペンターズ、74年エリック・クラプトン、75年クイーン、76年イーグルス、76年ニール・ヤング、77年キッス、78年ボブ・ディラン、78年デヴィッド・ボウイ、78年チープ・トリック、86年シンディ・ローパー、88年ピンク・フロイド、03年ザ・ローリング・ストーンズ、08年ザ・フー等の公演に、年間最低でも10回、合計で数百回は足を運んでいるけれど、ポールの49年ぶりの日本武道館公演は、他の公演での“音楽的な”感動とはまた違った、生涯忘れられない宝物となっている。

 2020年の東京オリンピックのために日本武道館は本格的な改装工事に入る予定とのこと。だから、もし仮にまた幸運なことにポールが元気で来日をしてくれたとしても、そこにはもうあの懐かしい日本武道館の匂いも、空気も、景色も、残念ながら残っていないことだろう。

この公演は私達がポールと一緒に過ごすことが出来る、“あの場所”での最後のレジェンダリー・コンサート(ポール自身の言葉)になってしまうのだ。そう考えただけで、私の涙腺は今からゆるゆるになってしまう

2017年3月10日  音楽評論家・作詞家  湯川れい子

~出典:ポール・マッカートニー ワン・オン・ワン ジャパン・ツアー・オフィシャルサイト~


★素敵な歌詞をどうぞ!(No.134)

★歌詞の創り手として大好きな、荒井由実さん、松本隆さん、中島みゆきさん、小田和正さん、竹内まりやさん、財津和夫さん6人の歌詞を紹介します。

そこで今日の【楽曲名:I am the Editor/ 作詞:財津 和夫】のお気に入りのフレーズです!

行ってしまえよ 君なんて 最終電車はあと5分 白いTシャツに 赤い口紅つけなおして 僕がもう一度やり直そうと 言う前に

★財津 和夫(ざいつ かずお、1948年2月19日 - )は、日本のシンガーソングライター、作曲家、音楽プロデューサー、ラジオDJ、俳優。ポップスグループ「チューリップ」のリーダー。

1970年代から活躍しているニューミュージック系ポップスグループ「チューリップ」の中心的人物。チューリップのほとんどの楽曲の作詞、作曲を手がけている。

1989年のチューリップの一時解散以降はソロ音楽活動を中心に活躍。1997年のチューリップ再結成後は、2〜3年に1回の頻度でツアー活動を軸にチューリップとしての活動も展開中。

~出典:ウィキペディア~


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★Endless Harmony /The Beach Boys (№384)

★この楽曲を聴きながら、本日の連載小説をお楽しみ下さい。『キーピン・ザ・サマー・アライヴ』 (Keepin' the Summer Alive) は、1980年にリリースされたザ・ビーチ・ボーイズのアルバム。その10曲目に入っている楽曲です!

★エンドレス・ハーモニー - Endless Harmony (Bruce Johnston) 3:10

『ラヴ・ユー』のリリースと商業的失敗の後、彼らは『アダルト・チャイルド』、『メリー・クリスマス・フロム・ザ・ビーチボーイズ』なる二つのアルバム制作に乗り出すが、いずれも制作中止になる。バンドは進むべき方向に関して論争に陥り、解散の危機に瀕していた。ブライアンは悲観し再び薬物を使用して精神病が悪化していた。デニスはソロデビューアルバム『パシフィック・オーシャン・ブルー』を発表し、ほとんどスタジオに姿を現さなかった。

そこで当時TM信奉者であったマイク・ラヴは、アイオワ州のマハリシ国際大学で新作のレコーディングを提案した。(本作タイトルの「M.I.U.」はマハリシ国際大学を意味している。)1977年9月にアル・ジャーディンが指揮をとってレコーディングが開始したが、姿を現したのはマイク、アル、ブライアンの三人だけであった。

アルバムは、マハリシ国際大学でレコーディングした楽曲に加え、『15・ビッグ・ワンズ』の未収録曲、『アダルト・チャイルド』『メリー・クリスマス・フロム・ザ・ビーチボーイズ』からのトラックを流用し完成した。最終的には全てのメンバーが参加しているが、バンド内の対立によりレコーディングに消極的だったカール、デニスの参加は限定的となった。

~出典:ウィキペディア~


『ナローボートで素敵な恋を!』(第15回目)3-3

『まあ、取り敢えず喜んでもらっているようだから・・・』
『ところでお母さんへのお返しの品物は、何がいいだろう?』
智史が本題の話に戻そうとしたが、亜梨沙はまだ何かに拘っているようだった。
『お返しの品なんて、いいわよ。そんなことをしてもらったら返って母さんは、余計なことをしてしまったと考える人だから本当にいいと思う』

『そう言う訳にはいかないよ。何か好きなものでもないの?』
智史は何としても亜梨沙から情報を聞き出そうと考えていた。
『好きな物ね・・・、趣味など何もない人だから難しいわ。でも私がコーヒーを飲む時に、母さんはいつも紅茶を飲んでいたわね』
『お母さんは、紅茶が好きなの?』
『少なくともコーヒーよりは、紅茶が好きだったと思う』
智史は他に適当な品物も浮かばなかったので、イギリスの紅茶を亜梨沙のお母さんに送ることに決めた。

『紅茶ならイギリスからの贈り物としては、いいかもしれない。いい話を聞かせてもらったよ。ありがとう』
智史は亜梨沙に改めて感謝の言葉を伝えた。
『ところで母親が送ってきたのは、そのマフラーだけだった?』
亜梨沙が智史の顔を覗き込むように尋ねてきた。
『お礼の簡単なメッセージがあったよ』

『それだけ・・・?』
実は智史に贈られた箱の中には、亜梨沙の母親からの1枚の短い手紙も添えられていた。
『実は短い手紙も添えられていたよ』
『やっぱりね』
本当に困ったような表情を浮かべながら亜梨沙が呟いた。

『手紙のこと、そんなに気になる?』
智史は亜梨沙が随分と母親からの手紙のことが気になっているようだったので、亜梨沙に声をかけた。
『智史に迷惑を掛けるような余計なことを書いていなければいいと思って、ただそれだけよ』

『そんなに気になるなら、もしよかったら読んでみる?でもお母さんには、秘密にしておいて欲しいけど・・・』
智史はカバンの中に仕舞っておいた便箋1枚を取り出した。
『母さんには何も言わないわ。約束する!』

智史はその便箋を亜梨沙に手渡した。実は亜梨沙の母親からの短い手紙には、亜梨沙が父親のせいで男性不信が強い面があると記載されていた。更に手紙の最後にそんな亜梨沙が智史に対しては心を開いているようなので、是非温かい目で見守ってあげて欲しいと追記されていた。

『やっぱり、母さんは時々余計なことをするから困っちゃうの。智史も母さんからの手紙のことは気にしないでね』
亜梨沙は本当に困惑したような表情を浮かべていた。
『亜梨沙のお母さんが手紙に書いてあることは、本当のことなのかな・・・?』
智史は自分の気持ちを抑えられなくなって、亜梨沙につい問い掛けてしまった。

『手紙に書いてあることって?』
『だから、亜梨沙が心を開いてくれているということだけど・・・』
『・・・』
亜梨沙は答えてくれなかった。
『実は自分にとっても亜梨沙は、今までと違うような気がしている』
智史は素直に亜梨沙に感じている自分の想いを伝えた。

『今までと違うって、どんな風に?』
今度は亜梨沙が智史に尋ねてきた。
『今まで想いを寄せる女性(ひと)が現れると、どうしても自分の方から身を引いていたけど亜梨沙については・・・』

『私は、どうなの?』
『身を引く気が起こらない。こんなことは初めてだよ』
『そうだったの・・・。もしよかったら、今から母親に贈る紅茶を選びに行かない?』
急に亜梨沙が話の流れを変えた。


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★ドルトムント大きな1勝でした・・・・・

★昨夜のボルシアMGとの試合を2-3で、ドルトムントが勝利しました。それにしても、87分のラファエル・ゲレイロがヘディングシュートからの貴重な勝ち越し点は大きかったです。

この試合の勝ち点3でドルトムントは、この日引き分けて勝ち点1だったホッフェンハイムを抜いて来年のCLにストレートイン出来る3位に上がることができました

更にこの試合で、香川選手を含めピエール・エメリク=オバメヤン(途中出場しましたが)、ユリアン・ヴァイグル、ウカシュ・ピシュチェクを温存できたことも大きいです。何しろ4/27(木)にはDFBポカール準決勝でのバイエルン戦が待っています

何しろフランスでCLモナコ戦を戦って1週間以内に27日のバイエルン戦まで3試合をしなければならなかったわけですから、ゲレイロのシュートはとてつもなく大きな1点でした。

後は木曜日のバイエルン戦での香川選手の活躍を期待したいと思います。


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★素敵な歌詞をどうぞ!(No.133)

★歌詞の創り手として大好きな、荒井由実さん、松本隆さん、中島みゆきさん、小田和正さん、竹内まりやさん、財津和夫さん6人の歌詞を紹介します。

そこで今日の【楽曲名:I love you/ 作詞:小田和正】のお気に入りのフレーズです!

誰もあなたの代わりに なれはしないから あなたのまま ここに居ればいいから

★小田 和正(おだ かずまさ、1947年9月20日 - )は、日本のニューミュージックシンガー、シンガーソングライター、音楽プロデューサー。元オフコースのリーダーでボーカル。

オフコース (OFF COURSE) は、1969年から1989年まで活動した日本の音楽グループ。「さよなら」や「Yes-No」などのヒットで知られ、1982年には、日本武道館に於いて連続10日間のコンサートを成功させた。楽曲は、リマスタリングされたりベストアルバムにまとめられるなど、2010年代に至るまで発売され続けている。

~出典:ウィキペディア~


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★Santa Ana Winds /The Beach Boys (№383)

★この楽曲を聴きながら、本日の連載小説をお楽しみ下さい。『キーピン・ザ・サマー・アライヴ』 (Keepin' the Summer Alive) は、1980年にリリースされたザ・ビーチ・ボーイズのアルバム。その9曲目に入っている楽曲です!

★サンタ・アナ・ウィンズ - Santa Ana Winds (Brian Wilson/ Al Jardine) 3:14

『ラヴ・ユー』のリリースと商業的失敗の後、彼らは『アダルト・チャイルド』、『メリー・クリスマス・フロム・ザ・ビーチボーイズ』なる二つのアルバム制作に乗り出すが、いずれも制作中止になる。バンドは進むべき方向に関して論争に陥り、解散の危機に瀕していた。ブライアンは悲観し再び薬物を使用して精神病が悪化していた。デニスはソロデビューアルバム『パシフィック・オーシャン・ブルー』を発表し、ほとんどスタジオに姿を現さなかった。

そこで当時TM信奉者であったマイク・ラヴは、アイオワ州のマハリシ国際大学で新作のレコーディングを提案した。(本作タイトルの「M.I.U.」はマハリシ国際大学を意味している。)1977年9月にアル・ジャーディンが指揮をとってレコーディングが開始したが、姿を現したのはマイク、アル、ブライアンの三人だけであった。

アルバムは、マハリシ国際大学でレコーディングした楽曲に加え、『15・ビッグ・ワンズ』の未収録曲、『アダルト・チャイルド』『メリー・クリスマス・フロム・ザ・ビーチボーイズ』からのトラックを流用し完成した。最終的には全てのメンバーが参加しているが、バンド内の対立によりレコーディングに消極的だったカール、デニスの参加は限定的となった。

~出典:ウィキペディア~




『ナローボートで素敵な恋を!』(第14回目)3-2

ところがナローボートで再会した亜梨沙は、智史にとって全く別人のように思えてならなかった。勿論それは智史が変わったからであって、亜梨沙は当時も今も変わっていないに違いなかった。これほど穏やかな時空間の中にいるお陰で、智史はようやく愛おしいと思える女性(ひと)と向き合うことが出来るように変わっていた。少なくとも智史は今、そう感じていた。

 だが智史が身近に感じていた亜梨沙は亜梨沙の母親の話からすると、智史には理解できないくらいの離別した父親を通した男性不信みたいなものを引きずっているようだった。確かにそう言われてみるとロンドン支店で一緒に働いていた時でも、亜梨沙は何処か男性職員と一線をかした行動をとっていたように智史には思い出されていた。

 いずれにしても今までになく頻繁に亜梨沙と時間を共にしていることを、常に待ちわびている自分がいることに智史は驚きをもって受け入れていた。間違いなく亜梨沙は、智史にとって愛おしい女性(ひと)になっていることは間違いなかった。
 
そんな智史のもとへある日、日本にいる亜梨沙の母親から贈り物が届いた。厳重に梱包された箱を開けると、そこにはボート上では寒いでしょうからと言う短いメッセージが添えられた温かそうなマフラーが入っていた。そしてそれだけでなく、亜梨沙についての母親としての思いやりの篭った手紙も添えられていた。

 智史は取り敢えず亜梨沙の母親にお返しの品物を贈ろうと思い、その相談にのってもらうためにロンドンにいる亜梨沙のもとを尋ねた。智史は旅行代理店の連中と顔を合わせたくなかったので、亜梨沙のアパート近くのレストランで待ち合わせをした。

『ロンドンで智史と会うのは、久し振りのことよね。用事があったら私の方から休みの日には、智史のボートの方まで行くのに待てなかったの?』
『実は先日、日本にいるお母さんから頂き物をしてね。今日は亜梨沙にお返しの品物を何にしたらいいか、相談にのってもらうと思ってね』
智史はすぐに亜梨沙を呼び出した用件を切り出した。

『母さんが、智史に贈り物?』
『間違いないよ。お母さんからマフラーを頂いたよ。今しているこのマフラーだよ』
智史はマフラーを外して亜梨沙に見せた。
『母さんが智史にこのマフラーを・・・。私には何も言っていなかったのに、勝手なことをしてごめんなさいね』
亜梨沙はマフラーを手にしながら呟いた。

『謝られることなど、何もないよ。素直に喜んでいるよ。何というかこのマフラーを首に巻いていると母親の優しさみたいなものを感じてくるようで、本当に感謝しているよ』
智史は今まで一度も親しい人から身につけるものなどプレゼントされたことがなかった。それだけに今の智史の素直な気持ちを亜梨沙に伝えた。


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★素敵な歌詞をどうぞ!(No.132)

★歌詞の創り手として大好きな、荒井由実さん、松本隆さん、中島みゆきさん、小田和正さん、竹内まりやさんの5人の歌詞を紹介します。

そこで今日の【楽曲名:AFTER YEARS/ 作詞:竹内まりや】のお気に入りのフレーズです!

テーブルの向こうには 恋人だった彼が 少しはにかみ顔で 微笑みかけてる うんと素直になって 打ち明けたい今日こそ 思い出くれるだけで 感謝してるわと

★竹内 まりや(たけうち まりや、1955年3月20日 - )は、日本のシンガーソングライター、ミュージシャン。自称「シンガーソング専業主婦」。高等学校在学中に、AFS交換留学制度によりアメリカ・イリノイ州のロックフォールズ・タウンシップ・ハイスクールに留学。

高校卒業後は慶應義塾大学文学部の英文学科へ進学。在学中に音楽サークル「リアル・マッコイズ」に所属。リーダーは杉真理だった。このサークルで竹内は鈴木慶一の従妹らとともにバックコーラスを担当。

「リアル・マッコイズ」はその後発展的に「ピープル」と名称を変え、第8回ポプコン関東・甲信越大会(1974年9月7日中野サンプラザ)に「踊りに行こう」という曲で参加しているが、同大会には別グループとして佐野元春(バックレイン元春セクション)、庄野真代、桐ヶ谷仁(フェードイン、後に松任谷正隆の経営する音楽学校講師を務める)も参加していた。

~出典:ウィキペディア~


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★When Girls Get Together/The Beach Boys (№382)

★この楽曲を聴きながら、本日の連載小説をお楽しみ下さい。『キーピン・ザ・サマー・アライヴ』 (Keepin' the Summer Alive) は、1980年にリリースされたザ・ビーチ・ボーイズのアルバム。その8曲目に入っている楽曲です!

★ホェン・ガールズ・ゲット・トゥゲザー - When Girls Get Together (Brian Wilson/Mike Love) 3:31

『ラヴ・ユー』のリリースと商業的失敗の後、彼らは『アダルト・チャイルド』、『メリー・クリスマス・フロム・ザ・ビーチボーイズ』なる二つのアルバム制作に乗り出すが、いずれも制作中止になる。バンドは進むべき方向に関して論争に陥り、解散の危機に瀕していた。ブライアンは悲観し再び薬物を使用して精神病が悪化していた。デニスはソロデビューアルバム『パシフィック・オーシャン・ブルー』を発表し、ほとんどスタジオに姿を現さなかった。

そこで当時TM信奉者であったマイク・ラヴは、アイオワ州のマハリシ国際大学で新作のレコーディングを提案した。(本作タイトルの「M.I.U.」はマハリシ国際大学を意味している。)1977年9月にアル・ジャーディンが指揮をとってレコーディングが開始したが、姿を現したのはマイク、アル、ブライアンの三人だけであった。

アルバムは、マハリシ国際大学でレコーディングした楽曲に加え、『15・ビッグ・ワンズ』の未収録曲、『アダルト・チャイルド』『メリー・クリスマス・フロム・ザ・ビーチボーイズ』からのトラックを流用し完成した。最終的には全てのメンバーが参加しているが、バンド内の対立によりレコーディングに消極的だったカール、デニスの参加は限定的となった。

~出典:ウィキペディア~



『ナローボートで素敵な恋を!』(第13回目)3-1

(3)噛み合わない2人

智史がヒースロー空港から亜梨沙の母親を、亜梨沙と一緒に見送ってから半年が過ぎようとしていた。亜梨沙が母親の希望で智史のナローボートに来てくれてから、亜梨沙は旅行代理店での仕事としてオプショナルツアーの一つに智史のナローボートでの小旅行を積極的に取り扱ってくれていた。

 そのお陰で智史のナローボートでのプライベートチャーターというビジネスも軌道に乗り始めていた。それだけなく最近では休日のたびに亜梨沙自身が、ロンドンから智史のナローボートで宿泊するようになっていた。そのことは智史をある意味で戸惑わせていた。何故ならこんな風に特定の女性(ひと)と多くの時間を過ごすことなど、今までに一度もなかったからだった。

 智史は亜梨沙と同じ風景を眺める機会が増えれば増えるほど、嬉しさと困惑が交錯していた。智史は自分にとって大切な母親を失った悲しみから、未だに完全に抜けきっているとは言えなかった。はっきり言って智史が幼い頃からずっと積み重ねてきた悲しみから我が身を守る術を、手放すことがなかった。

 智史にとって一番不安なのが母親の温もりが消え去ったのが、まだ智史が死そのものをはっきりと理解できていなかった幼い頃だったということだった。言ってみれば曖昧な悲しさと向き合ってきたと言うこともできたのだった。だからこそ今の今、智史は同じような出来事に遭遇することに強い警戒心を抱いていた。

 幼い頃の智史は、母親の死を絶対的な事実として受け入れることさえ拒否することができた。具体的に智史は《そんなはずはない》といつも自分自身に言い聞かせていた。幼い智史は目の前のことに集中することによって、絶望感を抱くことはなかった。

 だが最終的に智史は気がついた時には、自己防衛本能からか独りきりの世界に引きこもるようになっていた。そんな智史に母親がわりに智史の面倒を見てくれていた祖母は、独りきりでいることは良くないと絶えず智史に声を掛けてくれていた。

 智史もそんな祖母の話を全く無視していたわけではなかったが、長続きはしなかった。やはりいつの時も独りきりでいる空間の方が、智史にとって居心地が良い場所となっていた。そんな智史だったが、祖母と父親からの愛情には素直に反応を示していた。

 智史が大学卒業後旅行代理店に勤めていた頃までは、そんな独りきりに拘っていた自分が存在していた。ところが旅行代理店を辞めた今ナローボートでプライベートチャーターをやり始めてからは、智史は自分の中で明らかに何かが変わりつつあると感じていた。

 それはとにかくこのナローボートのスピード感の無さが原因だと、智史は考えていた。時には人間がゆっくりと歩いている速さを同じくらいで、ボートを進めることもあった。大自然の中でゆっくりとした時の流れの中に、身を沈めていると智史は間違いなく自分が癒されていると感じていた。

 古い石の橋をいくつもくぐり抜けて行くと、その先にどこへ行っても石造りの古い街並みが拡がっている。時が止まったような中でそんな風景に囲まれている自分と向き合っていると、それまでに頑ななまでに独りきりに拘っていたことに対してどんどんその重みが減っていているのを感じていた。

 そんな智史の前に、突然元の旅行代理店の同僚だった亜梨沙が現れた。以前同じ職場で一緒に働いていた時には、智史は正直亜梨沙に対して個人的には何の関心もなかったし、実際職場を離れての2人の接点は一切なかった。


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★お薦めですよ・・・・・

★日本で一番新しいラジオ局「ラジオNIKKEI第2」(RN2)がとてもお薦めです!流れている楽曲のアーチスト名、曲名、歌詞(ワンクリックが必要)が常時表示されています。

何よりとにかくノンストップで音楽だけが流れていることが最高です。

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★複雑なニュースが・・・・・

複雑なニュースが流れきました。犯行の背景にテロは認められなかったそうですが、一安心していいものかどうか?取り敢えず個人的な事情(株価操作?逆恨み?何故ドルトムント?謎は残りますが)だったそうです。テロよりままし?だったと思います。何故なら個人的な犯行であれば、その人が逮捕されたら事件は続かないと思われるからです。

ドルトムント爆発で容疑者逮捕、金銭関係が背景か・・・・・ 【フランクフルト=深尾幸生】ドイツ捜査当局は21日、サッカーの1部リーグ、ドルトムントの香川真司選手らを乗せたバスが11日に爆発に巻き込まれた事件で、28歳の男性を逮捕したと発表した。

容疑者はドイツとロシアの二重国籍。犯行の背景には、これまで疑われていたイスラム原理主義や極左思想ではなく、株取引など金銭関連の事情があるとみられる。

 爆破事件は11日夜、香川真司選手が所属するドイツ屈指の人気チームのドルトムントがチャンピオンズリーグの試合に向けてホテルを出発した直後に起きた。3つの爆発物が爆発し、DFのマルク・バルトラ選手らが負傷した。

~出典:日本経済新聞2017/4/21 15:28~


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★ジェットストリームをぜひ・・・・・(№2)

4月からジェットストリームのオープニング曲が変わりました。ヴァイオリンのミスター・ロンリー(オープニングバージョン)も素敵でなのでぜひ聴いてみてください。大好きなジェットストリームの中で大好きなユーミンの声が聴こえてくるなんて、これを聴き逃してはもったいないですよ

radikoのタイムフリーで聴けば、いつでも好きな時間に聴けます。そしてぜひ4月14日分を聴いてみてください。何故なら《サウンドグラフィティ》を《ユーミン》が選曲しています。

4月14日分は《フォーレ:3つの歌より「夢のあとに」》《Duran Duran - Ordinary Worldl》《荒井由実 Yumi Arai 返事はいらない》の3曲でした。ユーミンのデビューシングル《返事はいらない》が300枚しか売れなかったという面白い話をしていましたよ。

ヴァイオリンのミスター・ロンリー(オープニングバージョン)・・・・・古澤 巌(ふるさわ いわお、1959年7月11日 - )は、ヴァイオリン奏者。桐朋学園大学で江藤俊哉、カーティス音楽院でアーロン・ローザンド、ナタン・ミルシテインに、ザルツブルクのモーツァルテウム音楽院でシャーンドル・ヴェーグ、イヴリー・ギトリスらに師事。

~出典:ウィキペディア~






★久し振りに聴きたくなりました・・・・・

★曇天の空を眺めていたら、何故かしら聴きたくりました。《You're Only Lonely - John David Souther》です

ジョン・デヴィッド・サウザー(John David Souther、1945年11月2日 - )は、アメリカ合衆国デトロイト出身のミュージシャン、シンガーソングライター、俳優。。ソロアーティストとして活躍する傍ら、リンダ・ロンシュタット、イーグルスなどに後にヒット曲となる作品を共作するなど多くのアーティストに楽曲提供を行ってきた。


★レベッカが 28年ぶりのツアー決定・・・・

レベッカと言えば4枚目のシングル「フレンズ」ですよね。そしてこの曲の歌い出しの《口づけを交わした日は ママの顔さえも見れなかった》というフレーズで決まりです。以前も紹介しましたが、幼い少女心がストレートに表現されていますよね。

※2015年夏、20年ぶりの再結成ライブで話題を呼んだロックバンドREBECCA(レベッカ)が、7月から28年ぶりとなるライブツアー『REBECCA LIVE TOUR 2017』を開催することが20日、わかった。ファイナルは東京・日本武道館2daysを行う。

~出典:オリコン 4/21(金) 0:00配信~


★素敵な歌詞をどうぞ!(No.131)

★歌詞の創り手として大好きな、荒井由実さん、松本隆さん、中島みゆきさん、小田和正さん、竹内まりやさん、財津和夫さん6人の歌詞を紹介します。

そこで今日の【楽曲名:思い出させてあげる/ 作詞:中島みゆき】のお気に入りのフレーズです!

思い出させてあげよう 忘れていたあの日のことを 思い出させてあげよう 忘れていた誰かのことを

★中島 みゆき (なかじま みゆき、本名:中島 美雪(読み同じ)、1952年2月23日 - ) は、北海道札幌市出身のシンガーソングライター、ラジオパーソナリティ。1975年にシングル「アザミ嬢のララバイ」でデビューした。

オリコンにおいて、4つの年代にわたってシングルチャート1位を獲得した唯一のソロ・アーティストであり、他のアーティストへの提供曲が、5つの年代にわたってオリコンシングルチャート1位を獲得している。

また、自身の歌唱も含めると、作詞・作曲を手掛けた作品が5つの年代にわたってオリコンシングルチャート1位を獲得したことになる。

~出典:ウィキペディア~


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★Goin' On /The Beach Boys (№381)

★この楽曲を聴きながら、本日の連載小説をお楽しみ下さい。『キーピン・ザ・サマー・アライヴ』 (Keepin' the Summer Alive) は、1980年にリリースされたザ・ビーチ・ボーイズのアルバム。その6曲目に入っている楽曲です!

★ゴーイン・オン - Goin' On (Brian Wilson/Mike Love) 3:00

『ラヴ・ユー』のリリースと商業的失敗の後、彼らは『アダルト・チャイルド』、『メリー・クリスマス・フロム・ザ・ビーチボーイズ』なる二つのアルバム制作に乗り出すが、いずれも制作中止になる。バンドは進むべき方向に関して論争に陥り、解散の危機に瀕していた。ブライアンは悲観し再び薬物を使用して精神病が悪化していた。デニスはソロデビューアルバム『パシフィック・オーシャン・ブルー』を発表し、ほとんどスタジオに姿を現さなかった。

そこで当時TM信奉者であったマイク・ラヴは、アイオワ州のマハリシ国際大学で新作のレコーディングを提案した。(本作タイトルの「M.I.U.」はマハリシ国際大学を意味している。)1977年9月にアル・ジャーディンが指揮をとってレコーディングが開始したが、姿を現したのはマイク、アル、ブライアンの三人だけであった。

アルバムは、マハリシ国際大学でレコーディングした楽曲に加え、『15・ビッグ・ワンズ』の未収録曲、『アダルト・チャイルド』『メリー・クリスマス・フロム・ザ・ビーチボーイズ』からのトラックを流用し完成した。最終的には全てのメンバーが参加しているが、バンド内の対立によりレコーディングに消極的だったカール、デニスの参加は限定的となった。

~出典:ウィキペディア~


『ナローボートで素敵な恋を!』(第12回目)2-6

母親の定年退職祝いにと亜梨沙が招待していたイギリスへの旅行も。智史のお陰で無事に終わることができた。それにしても亜梨沙は、智史のナローボートで過ごした時間が想像以上に楽しかったことにある意味驚かされていた。今回は母親の希望ということで、たまたま元同僚である智史がやっていたナローボートにお世話になった。

亜梨沙はロンドン支店で日本からの観光客たちに定番の大英博物館、ビッグベン、バッキンガム宮殿、タワーブリッジ、ウェストミンスター寺院、ロンドン塔、トラファルガー広場などを巡るツアーばかりを観光案内していた。

確かに湖水地方なども案内することもあるが、いくら周囲が大自然に包み込まれていると言っても、そこで忙しげに観光バスで通り過ぎるのであれば意味がないのかもしれない。そんなことを考えされられた今回のナローボートの旅だった。

18世紀末の産業革命時代に活用されていた水路が、いまだにナローボートで辿ることができるという素晴らしさに亜梨沙は魅せられていた。その水路をゆっくりと進んでいくナローボートに全身を委ねているだけで、心身とも癒されていくのを亜梨沙は感じた。

智史が見所だよと言って案内してくれたアクアダクトで目にした風景には圧倒された。川面を流れていたはずのナローボートが、眼下に畑や森や小径を見下ろしながら橋を渡っていく。あの場で繰り広げられた360度の大パノラマ、しかもその幻想的な風景を歩くような速さで眺めていく。亜梨沙はもうすっかりナローボートに魅せられていた。 

ゆっくりと目の前を通り過ぎていく景色を見つめながら、亜梨沙は智史が旅行代理店を辞めてナローボートでプライベートチャーターを始めようと考えたことが何となく理解できるような気がしてきていた。亜梨沙がこの地にくるまでは、智史が突然会社を辞めたことにも関心を寄せることがなかった。

 だが改めてこうして実際にナローボートで素敵な風景を堪能してみると、その魅力を亜梨沙は再認識させられていた。それに加えて、もと職場の同僚という接点しかなかった智史と、亜梨沙は不思議な時間を過ごすことができた。

 不思議という意味は、亜梨沙の母親がまさに智史に話したことだった。亜梨沙は智史の前で強く否定しようとしたが、母親が話したことは事実だった。亜梨沙は自分でもどうしてこんなに自然体で、智史に接することができたのか不思議でならなかった。

 短いナローボートでの小旅行だったが、ここで亜梨沙は変わらぬ母親の優しさとナローボートから眺める風景の素晴らしさ更に智史が亜梨沙に見せた異性としての存在感など多くの新たな発見に出会うことができた。それがこらから先亜梨沙に新しい風景を繰り広げていくことになるとは、この時の亜梨沙には想像することさえ出来ないことだった。


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★マクラーレンホンダですが・・・・・

★悪い情報ばかりが流れていましたが、久し振りにポジティブな情報が入ってきました。これで少しは今後のレース観戦に望みが出てきました

※【F1合同テスト・タイム結果】マクラーレン・ホンダ、トラブルなく80周以上を走行/バーレーン2日目

■F1バーレーン合同テスト2日目総合結果
Pos/Driver/Team/Time/Laps
1/バルテリ・ボッタス/メルセデス/1'31.280/143Laps
2/セバスチャン・ベッテル/フェラーリ/1'31.574/64Laps
3/カルロス・サインツ/トロロッソ/1'31.884/68Laps
4/ストフェル・バンドーン/マクラーレン/1'32.108/81Laps
5/ケビン・マグヌッセン/ハース/1'32.120/88Laps
6/エステバン・オコン/フォース・インディア/1'32.142/60Laps
7/ダニール・クビアト/トロロッソ/1'32.213/61Laps
8/ゲイリー・パフェット/ウイリアムズ/1'32.253/126Laps
9/セルゲイ・シロトキン/ルノー/1'32.287/90Laps
10/ピエール・ガスリー/レッドブル/1'32.568/65Laps
11/パスカル・ウェーレイン/ザウバー/1'34.462/91Laps
12/セルジオ・ペレス/フォース・インディア/1'35.015/70Laps

~出典:オートスポーツweb 4/20(木) 6:04配信~


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★ドルトムント、お疲れ様でした・・・・・

★チャンピオンズリーグ(CL)準々決勝2ndレグの試合が行われ、ドルトムントはアウェイでモナコと対戦し1-3で敗れました。これでベスト8まででCLは終了しました。

最初の失点では、ビュルキはシュートを取りに行かずにパンチングを選択すべきだったでしょう。そうすれば弾いたボールを押し込まれることはなかったと思います。更にシャヒンのフリーキックがゴールポストに当たらずに決まっていたら、試合の流れは随分と変わっていたと思ます。

いずれにしてもこの試合でも、ドルトムントの選手たちの動きは、かなり重く感じられました。やはり爆弾事件の後遺症が続いていたのだと思います。眠れない日々が、選手たちの集中力を奪っていたようです。つまらないパスミスが目立ちました。それにしてもバスが遅れたことも、選手のメンタル面に影響を与えたでしょうね。

香川選手は相変わらずいい動きをしていました。なんといってもCLで準々決勝の試合に古出場して、存在感を示せたことは誇りに思っていいと思います

後はブンデスの3位以内とドイツカップでの優勝を目指して頑張って下さい。CL戦お疲れさまでした。


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★素敵な歌詞をどうぞ!(No.130)

★歌詞の創り手として大好きな、荒井由実さん、松本隆さん、中島みゆきさん、小田和正さん、竹内まりやさん、財津和夫さん6人の歌詞を紹介します。

そこで今日の【楽曲名:二人は片思い/ 作詞:荒井由実】のお気に入りのフレーズです!

愛しすぎて お茶を持つ手も震えるの あなただってそうよ うつろな眼差し

★松任谷 由実(まつとうや ゆみ、本名:同じ、1954年(昭和29年)1月19日 - )は、日本のシンガーソングライター。旧姓名は荒井 由実(あらい ゆみ)。1972年にシングル「返事はいらない」で荒井由実としてデビュー。以降、ユーミンの愛称で呼ばれる。公式ファンクラブは「Yuming Fan Club」。

他アーティストへの作品提供の際には、本名の他、呉田 軽穂(くれだ かるほ)というペンネームを使用する場合もある[注 1]。夫はアレンジャー・松任谷正隆で、彼女の音楽プロデューサーを務める。

オリコンでは、女性最多となるアルバムミリオン「通算10作」、アルバム首位「通算23作目」、アルバム1位獲得最年長記録(歴代3位、女性1位の62歳10ヶ月)の記録を持つ。

~出典:ウィキペディア~


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★School Days /The Beach Boys (№380)

★この楽曲を聴きながら、本日の連載小説をお楽しみ下さい。『キーピン・ザ・サマー・アライヴ』 (Keepin' the Summer Alive) は、1980年にリリースされたザ・ビーチ・ボーイズのアルバム。その5曲目に入っている楽曲です!

★スクール・デイ - School Day (Ring! Ring! Goes The Bell) (Chuck Berry) 2:52

『ラヴ・ユー』のリリースと商業的失敗の後、彼らは『アダルト・チャイルド』、『メリー・クリスマス・フロム・ザ・ビーチボーイズ』なる二つのアルバム制作に乗り出すが、いずれも制作中止になる。バンドは進むべき方向に関して論争に陥り、解散の危機に瀕していた。ブライアンは悲観し再び薬物を使用して精神病が悪化していた。デニスはソロデビューアルバム『パシフィック・オーシャン・ブルー』を発表し、ほとんどスタジオに姿を現さなかった。

そこで当時TM信奉者であったマイク・ラヴは、アイオワ州のマハリシ国際大学で新作のレコーディングを提案した。(本作タイトルの「M.I.U.」はマハリシ国際大学を意味している。)1977年9月にアル・ジャーディンが指揮をとってレコーディングが開始したが、姿を現したのはマイク、アル、ブライアンの三人だけであった。

アルバムは、マハリシ国際大学でレコーディングした楽曲に加え、『15・ビッグ・ワンズ』の未収録曲、『アダルト・チャイルド』『メリー・クリスマス・フロム・ザ・ビーチボーイズ』からのトラックを流用し完成した。最終的には全てのメンバーが参加しているが、バンド内の対立によりレコーディングに消極的だったカール、デニスの参加は限定的となった。

~出典:ウィキペディア~


『ナローボートで素敵な恋を!』(第11回目)2-5

『そう言うことなら分かるよ。亜梨沙の言う通りで、こうして暗闇の中でじっとしていると本当に周囲の様子がはっきりと見えてくるよ』
『周りが暗いから夜空で輝いている星も、こうして手を伸ばせば掴めそうなくらい近くに見えるわね』
そう言いながら亜梨沙は右手をゆっくりと持ち上げ、星を掴む真似をした。

『亜梨沙が、そんなことをするなんて思ってもみなかったよ』
『そうかしら、そんなにロマンティックなことが似合わない?』
『いや、そんなつもりじゃないよ!』
慌てて智史は亜梨沙の誤解を解こうとした。
『智史のお父さんって、どんな人?』
急に亜梨沙が話の流れを変えてきた。

『父親は定年延長をせずに、今は母親の介護に専念しているよ。祖母は自分にとって母親代わりだったから、自分も日本に帰った時には父親の手伝いをしているよ。でもこうしてナローボートでプライベートチャーターを始めてしまったので、もうなかなか帰れそうにないけどね』
『智史のお父さんは随分と優しいのね』
何となく亜梨沙の言い方が寂しそうに智史には聞こえた。

『そういう亜梨沙のお母さんだって、本当に優しそうで羨ましいよ』
『又智史にお母さんを思い出させてしまったかしら、ごめんね』
『思い出そうにも記憶の中には、後付けで創りあげられた記憶しかなくてね。亜梨沙は両親が離婚したと言っても会おうと思えば、お父さんには会えるのだろう?』
智史はこれ以上、亡くなった母親の話を続ける気にはなれなかった。

『私、両親が離婚して父親が家から出て行ってから、一度も父親とは会っていないの。と言うか会いたいと思ったことなど一度もなかったわ』
『・・・』
智史は自分勝手に話題を変えたことをすぐに反省した。

『父親は離婚するまでも、家にはほとんど寄り付かなったの。だから父親が家を出て行っても、それ以前と何も変わらなかったわ。私の父親という人は、結局はそれだけの人だったのよ』
智史には今でも亜梨沙が父親のことを許していないということが、手に取るように分かった。

『そろそろ、寝ようかな・・・』
横たわっていたベンチから身体を起こしながら亜梨沙が呟いた。
『そうだね、明日の出発も早いからね』
智史は亜梨沙の後に続いた。真っ暗闇の中から急にキャビンの中に戻ったので、壁に備え付けられている室灯が智史にはとても明るく感じられた。

あっという間に亜梨沙の母親が望んだナローボートに乗船する小旅行は終わった。
『智史さん、大変お世話になりました。お陰さまで素敵な定年退職記念の思い出ができました。ありがとう』
亜梨沙の母親が深々と智史に頭を下げた。

『こちらこそ、このナローボートでのプライベートチャーターを利用して頂きありがとうございました』
智史も亜梨沙の母親に挨拶をした。
『どうぞ、これからも亜梨沙のことをよろしくお願いします。それにしても、うちの娘がこれほど親しげに男の方とお話ができるなんて信じられません。今時の言葉で言うと、よほど智史さんとフィーリングが合うのでしょう』
そう言って再び亜梨沙の母親が頭を下げた。

『こちらこそ、よろしくお願いします』
つい智史は反射的に反応してしまった。
『母さん、何を言っているのよ!余計なことを言わないで、こんなに智史が迷惑がっているじゃない』
慌てた様子で亜梨沙が母親のことを咎めた。

『迷惑なんてことはないよ!』
智史は自分で驚く程の勢いで、亜梨沙の言葉を否定した。
『とにかく、色々とありがとう。ロンドンに帰ったら、改めて連絡するから!』
そう言い終わると慌ただしく、亜梨沙は母親を伴って下船していった。


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★FC2小説サイト(著者名検索:間々田陽紀)に新作を公開しました!

★FC2小説サイト(著者名検索:間々田陽紀)に新作を公開しました!

★新規公開作品
 
【91】レモンの木の下で(原稿用紙100枚)

 大学院の博士課程に進んでいた29歳の修平は、研究室での実験生活だけという自分の日常生活に疑問を感じていた。そんな時に同級生が交通事故で突然亡くなる、何故だか虚しさを感じる修平だった。

ある日公園で眠っていた修平に《ベンチを描きたいので邪魔になるからどいて!》という声が掛かった。何と修平に声を掛けてきたのは修平と同じ高校で同じクラスにいた保奈美だった。

保奈美は高校を中途退学していてそれ以来の再会だった。高校生の時の保奈美の印象はいつも絵を描いている姿だったが、その保奈美はいまだに絵を描き続けていた。

どうしても再び保奈美に逢いたくて、修平はレモンの木まで行く。保奈美も修平との再会を期待して、2人分のサンドウィッチとワインを手にして公園に向かう。互の意思に導かれた2人は、より親密な時間を手に入れることとなる。

2人で話すようになたある日、保奈美は絵を描き続けているきっかけとなったノーマンロックウェルの本を見に来るように修平を誘う。高校生時代にこの本と出会った保奈美は、それが絵を描く原点になった話した。

そして保奈美は修平にノーマンロックウェルの《Runaway》を観るように勧めた。家と大学の実験室という閉鎖的な世界にずっといた修平にとって、その1枚の絵は大きな影響を与えた。

修平は最終的に世界中を見て歩きたいという理由で大学を休学した。修平はボストンにいる友達の所へ行くつもりだったがその話を聞いた保奈美がノーマンロックウェル美術館に一緒に行きたいと言い出す。2人はボストンへの旅を楽しむ。

保奈美は修平が歩くべき道筋を見失っている時に自分が出会ったことに罪悪感を覚える。保奈美は修平がしっかりと自分の道筋を見つけた時にまた会えたらいいと考え修平の前から姿を消すことを決心する。

保奈美が決めた最後の夜を保奈美の部屋で過ごした修平が、保奈美の高校時代のノートを見つける。修平が休んでいた時の授業をノートしてくれて修平の机に忍ばせてくれたのが保奈美だったことを修平が気づく。

突然姿を消した保奈美から手紙が修平の元に届く。修平はその手紙を何度も読み返し、保奈美の真意を見極めようとした。

果たして修平が保奈美からの手紙から読み取った内容とは・・・?そして手紙を受け取った修平が取った行動とは・・・?


小説の中で保奈美が好きだというAdele - Someone Like You です



★下記の全作品を、FC2小説サイトで無料公開中です。よろしければ、お楽しみください!

【1】夜のグラフィティ(原稿用紙432枚)

【2】校内放送で、ビートルズ (原稿用紙307枚)

【3】府立第14中~青春グラフィティ!(原稿用紙374枚)

【4】もう一度聴いてみようかホテルカリフォルニア(原稿用紙400枚)

【5】そうだ、ドルフィンへ行こう!(原稿用紙376枚)

【6】今何故、500マイルも離れて(原稿用紙403枚)

【7】坊っちゃん、フォーエバー(原稿用紙350枚)

【8】ブローイングインザウィンドでも聴いてごらん(原稿用紙310枚)

【9】木登り~タイムワープ(原稿用紙307枚)



【10】ゲバ字の消えた夏(原稿用紙91枚)

【11】高校3年生のネアンデルタール人(原稿用紙88枚)

【12】アルバート・ドッグに吹く風(原稿用紙90枚)

【13】ワーズワースそして教授と私の旅(原稿用紙90枚)

【14】天窓から眺めるロンドンの街(原稿用紙90枚)

【15】チェスターの空の下(原稿用紙90枚)

【16】ウクレレの音が流れる夏(原稿用紙90枚)

【17】私は夢見るシャンソン人形(原稿用紙90枚)

【18】いつか観たジョンレノン(原稿用紙90枚)

【19】あの日聴いた夢のカリフォルニア(原稿用紙90枚)

【20】懐かしいね、ガントレ!(原稿用紙90枚)

【21】神楽坂で聴くサウンドオブサイレンス(原稿用紙90)

【22】キャロルキングをお寺で(原稿用紙90)

【23】サウンドトラックはユーミンで(原稿用紙90枚)

【24】ルート66への誘い(原稿用紙90枚)

【25】俺たちのジュークボックス(原稿用紙90枚)

【26】キックオフは、これから!(原稿用紙90枚)

【27】タイムカプセルからビートルズ(原稿用紙90枚)

【28】2人のランナウェイ(原稿用紙90枚)

【29】もうラヴソングは唄えない(原稿用紙90枚)

【30】遅れてきたラヴレター(原稿用紙90枚)

【31】君にとどけボーントゥーラン(原稿用紙100枚)

【32】母はクラプトンが大好き(原稿用紙100枚)

【33】タイム・アフター・タイムなんて(原稿用紙100枚)

【34】シャーリーンの唄ですよね(原稿用紙100枚)

【35】気分はハロー・グッバイ(原稿用紙100枚)

【36】クロスロードとオヤジたち(原稿用紙100枚)

【37】サザンカンフォートを抱えた娘(原稿用紙100枚)

【38】あなたがトミーで私がジーナ(原稿用紙100枚)

【39】ロールプレイング・ラヴをあなたと(原稿用紙100枚)

【40】パンタロンじゃなくベルボトムさ!(原稿用紙100枚)

【41】俺は根っからのランブリング・マン(原稿用紙100枚)

【42】タイムタイムタイム~冬の散歩道(原稿用紙100枚)

【43】俺のロード・ソングは、ウィリン(原稿用紙100枚)

【44】アメリカ《名前のない馬》から始まった(原稿用紙100枚)

【45】ツェッペリンに包まれて(原稿用紙100枚)

【46】ロイ・ブキャナンの流れる家(原稿用紙100枚)

【47】フォークソングが消えた日(原稿用紙100枚)

【48】終わらないメロディー(原稿用紙100枚)

【49】俺もお前も、ストレンジャー(原稿用紙100枚)

【50】俺ジョニ・ミッチェルで聴きたいね(原稿用紙100枚)

【51】今さら、ハートに火をつけて(原稿用紙100枚)

【52】アフリカを聴きながら(原稿用紙100枚)

【53】プロコル・ハルムが唄っている(原稿用紙100枚)

【54】ゼーガーとエバンズが教えてくれた(原稿用紙100枚)

【55】ビタースウィート・サンバを取り戻せ(原稿用紙100枚)

【56】ティアーズ・イン・ヘヴンなんて(原稿用紙100枚)

【57】俺たちはフール・オン・ザ・ヒル(原稿用紙100枚)

【58】このリフに魅せられて(原稿用紙100枚)

【59】さらば黄昏のレンガ路よ(原稿用紙100枚)

【60】心にハングリー・ハートを(原稿用紙100枚)

【61】いつもジャーニーが流れていた(原稿用紙100枚)

【62】ジャニスと踊ろう(原稿用紙100枚)

【63】俺は今でも25or6to4(原稿用紙100枚)

【64】君に捧げるララバイ(原稿用紙100枚)

【65】ジャニスが語りかけた夜(原稿用紙100枚)

【66】キリング・ミー・ソフトリーをあなたに(原稿用紙100枚)

【67】恋をするならシェイクスピアで(原稿用紙100枚)

【68】ゲーテが教えてくれた愛のシーズン(原稿用紙100枚)

【69】僕と君だけのファーザー・クリスマス(原稿用紙100枚)

【70】恋する気分は、ヴェルレーヌから(原稿用紙100枚)

【71】愛を語るならヴェッキオ橋で(原稿用紙100枚)

【72】ショーシャンクの空が・・・(原稿用紙100枚)

【73】ビーハイブ・ヘアの女(ひと)(原稿用紙100枚)

【74】カセットから流れ出たメロディ(原稿用紙100枚)

【75】オヤジたちのスタンドバイミー(原稿用紙100枚)

【76】届かない、君へのラブソング(原稿用紙100枚)

【77】マージー・ビートに魅せられて(原稿用紙100枚)

【78】父のギターが残してくれたもの(原稿用紙100枚)

【79】夜のパリ、それはラヴレターの香り(原稿用紙100枚)

【80】閉ざされたままのギターケース(原稿用紙100枚)

【81】雨の日には、グラント・グリーンでも(原稿用紙100枚)

【82】ボースサイドナウが流れる喫茶店で(原稿用紙100枚)

【83】恋のリフレイン(原稿用紙100枚)

【84】ベイビーが流れていた季節(原稿用紙100枚)

【85】フォロー・ミーに誘われて(原稿用紙100枚)

【86】それでも、あなたにラヴソングを(原稿用紙100枚)

【87】想い出のコンサート・チケット(原稿用紙100枚)

【88】スターダストをあなたと(原稿用紙100枚)

【89】ナローボートで素敵な恋を!(原稿用紙100枚)

【90】ライトハウスで出逢った、あなたへ(原稿用紙100枚)

★いよいよCLも山場を・・・・・

★18日にUEFAチャンピオンズリーグ準々決勝2ndレグが行われ、バイエルン・ミュンヘンが延長戦の末2-4でレアル・マドリードに敗れました。同試合の結果を受け、2戦合計スコア3-6で同クラブの敗退が決定しました。

バイエルンは2戦とも退場者を出し、昨夜の試合では守護神ノイアーが何と左足を骨折ししまいました。あまりにも厳しい結果となってしまいました。

これで準決勝にはレアル・マドリードと岡崎選手がいるレスター・シティを破ったアトレチコ・マドリッドの昨年決勝で戦った2チームはすでに決まりました

今夜の ASモナコ 対 ボルシア・ドルトムントの勝者、 FCバルセロナ 対 ユヴェントスの勝者でベスト4が決まります。ドルトムントが2点差以上でバルセロナが3点差以上と厳しい条件がありますが、とにかくベスト4にドルトムントが進出することを期待しています。


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プロフィール

間々田 陽紀

Author:間々田 陽紀
■好きな音楽、好きな映画、好きなサッカー、好きな車などをちりばめながら、気ままに小説を書いています。ヨーロッパ旅行した時に撮影した街並みの写真を添えておきますので、楽しんで下さい。

★公開済
【1】《作品№4》夜のグラフィティ(原稿用紙432枚)
【2】《作品№5》もう一度聴いてみようかホテルカリフォルニア(原稿用紙400枚)
【3】《作品№2》府立第14中~青春グラフィティ!(原稿用紙374枚)
【4】《作品№3》そうだドルフィンへ行こう(原稿用紙376枚)
【5】《作品№1》校内放送でビートルズ(原稿用紙307枚)
【6】《作品№7》坊っちゃん、フォーエバー!(原稿用紙350枚)
【7】《作品№8》ブローイング・イン・ザ・ウィンドでも聴いて ごらん(原稿用紙308枚)
【8】《作品№10》ゲバ字の消えた夏(原稿用紙91枚)
【9】《作品№12》アルバート・ドッグに吹く風(原稿用紙90枚)
【10】《作品№13》ワーズワースそして教授と私の旅(原稿用紙90枚)
【11】《作品№15》チェスターの空の下(原稿用紙90枚)
【12】《作品№14》天窓から眺めるロンドンの街(原稿用紙90枚)
【13】《作品№17》私は夢見るシャンソン人形(原稿用紙90枚)
【14】《作品№19》あの日聴いた夢のカリフォルニア(原稿用紙90枚)
【15】《作品№21》神楽坂で聴くサウンドオブサイレンス
 (原稿用紙90枚)
【16】《作品№23》サウンドトラックはユーミンで(原稿用紙90枚)
【17】《作品№22》キャロルキングをお寺で(原稿用紙90枚)
【18】《作品№27》タイムカプセルからビートルズ(原稿用紙90枚)
【19】《作品№28》2人のランナウェイ(原稿用紙90枚)
【20】《作品№29》もうラヴソングは唄えない(原稿用紙90枚)
【21】《作品№31》君にとどけボーントゥーラン(原稿用紙100枚)
【22】《作品№32》母はクラプトンが大好き(原稿用紙100枚)
【23】《作品№33》タイム・アフター・タイムなんて(原稿用紙100枚)
【24】《作品№37》サザンカンフォートを抱えた娘(原稿用紙100枚)
【25】《作品№38》あなたがトミーで私がジーナ(原稿用紙100枚)
【26】《作品№39》ロールプレイング・ラヴをあなたと(原稿用紙100枚)
【27】《作品№42》タイムタイムタイム~冬の散歩道(原稿用紙100枚)
【28】《作品№44》アメリカ《名前のない馬》から始まった(原稿用紙100枚)
【29】《作品№45》ツェッペリンに包まれて(原稿用紙100枚)
【30】《作品№46》ロイ・ブキャナンの流れる家(原稿用紙100枚)
【31】《作品№48》終わらないメロディー(原稿用紙100枚)
【32】《作品№51》今さら、ハートに火をつけて(原稿用紙100枚)
【33】《作品№53》プロコル・ハルムが唄っている(原稿用紙100枚)
【34】《作品№56》ティアーズ・イン・ヘヴンなんて(原稿用紙100枚)
【35】《作品№58》このリフに魅せられて(原稿用紙100枚
【36】《作品№59》さらば黄昏のレンガ路よ(原稿用紙100枚)
【37】《作品№62》ジャニスと踊ろう(原稿用紙100枚)
【38】《作品№64》君に捧げるララバイ(原稿用紙100枚)
【39】《作品№67》恋をするならシェイクスピアで (原稿用紙100枚)
【40】《作品№69》僕と君だけのファーザー・クリスマス(原稿用紙100枚)
【41】《作品№70》恋する気分は、ヴェルレーヌから(原稿用紙100枚)
【42】《作品№72》ショーシャンクの空が・・・(原稿用紙100枚)
【43】《作品№73》ビーハイブ・ヘアの女(ひと)(原稿用紙100枚)
【44】《作品№76》届かない、君へのラブソング(原稿用紙100枚)
【45】《作品№77》マージー・ビートに魅せられて(原稿用紙100枚)
【46】《作品№80》閉ざされたままのギターケース(原稿用紙100枚)
【47】《作品№82》ボースサイドナウが流れる喫茶店で(原稿用紙100枚)
【48】《作品№83》恋のリフレイン(原稿用紙100枚)
【49】《作品№85》フォロー・ミーに誘われて(原稿用紙100枚)
【50】《作品№86》それでも、あなたにラヴソングを(原稿用紙100枚)
【51】《作品№87》想い出のコンサート・チケット(原稿用紙100枚)

★公開中
【52】《作品№89》ナローボートで素敵な恋を!(原稿用紙100枚)

★公開予定
【53】《作品№6》今何故、500マイルも離れて(原稿用紙402枚)
【54】《作品№9》木登り~タイムワープ(原稿用紙307枚)
【55】《作品№11》高校3年生のネアンデルタール人(原稿用紙88枚)
【56】《作品№16》ウクレレの音が流れる夏(原稿用紙90枚)
【57】《作品№18》いつか観たジョンレノン(原稿用紙90枚)
【58】《作品№20》懐かしいね、ガントレ!(原稿用紙90枚)
【59】《作品№24》ルート66への誘い(原稿用紙90枚)
【60】《作品№25》俺たちのジュークボックス(原稿用紙90枚)
【61】《作品№26》キックオフは、これから!(原稿用紙90枚)
【62】《作品№30》遅れてきたラヴレター(原稿用紙90枚)
【63】《作品№34》シャーリーンの唄ですよね(原稿用紙100枚)
【64】《作品№35》気分はハロー・グッドバイ(原稿用紙100枚)
【65】《作品№36》クロスロードとオヤジたち(原稿用紙100枚)
【66】《作品№40》パンタロンじゃなくベルボトムさ!(原稿用紙100枚)
【67】《作品№41》俺は根っからのランブリング・マン(原稿用紙100枚)
【68】《作品№43》俺のロード・ソングは、ウィリン(原稿用紙100枚)
【69】《作品№47》フォークソングが消えた日(原稿用紙100枚)
【70】《作品№49》俺もお前もストレンジャー(原稿用紙100枚)
【71】《作品№50》ジョニ・ミッチェルで聴きたいね(原稿用紙100枚)
【72】《作品№52》アフリカを聴きながら(原稿用紙100枚)
【73】《作品№54》ゼーガーとエバンズが教えてくれた(原稿用紙100枚)
【74】《作品№55》ビタースウィート・サンバを取り戻せ(原稿用紙100枚)
【75】《作品№57》俺たちはフール・オン・ザ・ヒル(原稿用紙100枚)
【76】《作品№60》心にハングリー・ハートを(原稿用紙100枚)
【77】《作品№61》いつもジャーニーが流れていた(原稿用紙100枚)
【78】《作品№63》俺は今でも25or6to4(原稿用紙100枚)
【79】《作品№65》ジャニスが語りかけた夜(原稿用紙100枚)
【80】《作品№66》キリング・ミー・ソフトリーをあなたに(原稿用紙100枚)
【81】《作品№68》ゲーテが教えてくれた愛のシーズン(原稿用紙100枚)
【82】《作品№71》愛を語るならヴェッキオ橋で(原稿用紙100枚)
【83】《作品№74》カセットから流れ出たメロディ(原稿用紙100枚)
【84】《作品№75》オヤジたちのスタンドバイミー(原稿用紙100枚)
【85】《作品№78》父のギターが残してくれたもの(原稿用紙100枚)
【86】《作品№79》夜のパリ、それはラヴレターの香り(原稿用紙100枚)
【87】《作品№81》雨の日には、グラント・グリーンでも(原稿用紙100枚)
【88】《作品№84》ベイビーが流れていた季節(原稿用紙100枚)
【89】《作品№88》スターダストをあなたと(原稿用紙100枚)
【90】《作品№90》ライトハウスで出逢った、あなたへ(原稿用紙100枚)
【91】《作品№91》レモンの木の下で(原稿用紙100枚)

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