《遠い昔、深夜放送が好きだった人たちへ》間々田陽紀 小説の世界

★2018年W杯ロシア大会のヨーロッパ予選ですが・・・

サッカーを題材にした小説の中でも登場させたクライフの母国であるオランダが、敵地でブルガリアと対戦してデレフの2ゴールで0-2で負けてしまいました。順位も4位となり予選敗退の危機に直面しています。

オランダ代表監督、W杯予選黒星で辞任を検討「自分を責めている」・・・・・オランダ代表監督が、辞任を考えているのかもしれない。ダニー・ブリント監督のコメントをオランダメディア『NOS』などが伝えている。

ダニー・ブリント監督は試合後、「ひどいパフォーマンスだった。どうしてこんなにひどいスタートになったのか、私には分からない」と認めたうえで、「自分のことを責めている。我々はまったくチャンスをつくれなかった」と述べた。

アヤックスのDFマタイス・デ・リフトは、17歳の若さでデビューを飾った。同選手の先発起用は議論を呼んでいる。 「デ・リフトにとって先発は良くなかったと結果的には思う。ただ、彼は素晴らしいDFだ。責任は私にある」 「今後もチームを率いるかどうかは、これから考える必要がある。ここで白旗をあげるつもりはない。とにかく本当に残念だ」

~出典:フットボールチャンネル 3/26(日) 12:40配信~


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★3月はFM番組の改編期ですが・・・

今年も懐かしい番組が消えていきます。何となく寂しい限りです!コスモ ポップス ベスト10が前身番組を含めると46年の歴史に幕を閉じることになりました。

※コスモ ポップス ベスト10・・・・・コスモ ポップス ベスト10(COSMO POPS BEST 10)は、TOKYO FMをキーステーションにJFN38局で毎週土曜日午後に生放送していたランキング形式の音楽番組。エコパラダイスFMでも時差ネットで放送していた。

1974年4月6日に放送開始し、2010年3月27日まで36年もの長きにわたり、毎週土曜日の午後2時枠(「カウントダウンステーション」2部)で放送されていたが、2010年4月3日より午後3時枠に移動し、放送時間も30分に縮小となった。

洋楽のベスト10を発表する番組で、全国ネットの洋楽チャート番組では文化放送の全国ポピュラーベストテン(2006年4月2日終了)とともに長い歴史を持つ番組であり、民放FM局では最長を誇った。

2017年1月14日までは毎週、港区赤坂の東京ミッドタウンにあるMidtown Studioから公開生放送していた。

【1970年代の年間洋楽チャート第1位獲得曲】

1970年 コンドルは飛んでいく サイモン&ガーファンクル
1971年 マイ・スウィート・ロード ジョージ・ハリスン
1972年 サタデー・イン・ザ・パーク シカゴ
1973年 イエスタデイ・ワンス・モア カーペンターズ
1974年 ジェット ポール・マッカートニー&ウイングス
1975年 オンリー・イエスタデイ カーペンターズ
1976年 マイ・リトル・タウン サイモン&ガーファンクル
1977年 ダンシング・クイーン ABBA
1978年 ファット・ボトムド・ガールズ クイーン
1979年 アイム・セクシー ロッド・スチュワート


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★FC2小説サイト(著者名検索:間々田陽紀)に新作を公開しました!

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★新規公開作品
 
【89】ナローボートで素敵な恋を!(原稿用紙100枚)

 この物語はお幼い頃に母親を亡くし愛おしい人を亡くす恐怖心から人に想いを寄せることが出来なくなっていた智史と、中学生の時に父親が母親と自分と残して他の女性のもとに走った父親を忌避することしか出来なくなり極度の男性不信に陥っていた亜梨沙とが、ナローボートを舞台に心を重なり合わせていく物語である。

亜梨沙は自分が旅行代理店で勤務しているロンドンに、母親を定年退職祝いで招待した。その母親がナローボートに乗ってみたいと言い出し、すでに旅行代理店を辞めてナローボートでプライベートチャーターを始めていた同期生だった智史のところに連絡した。

たった2泊3日の短い旅だったが、亜梨沙と智史の2人はそぞれが相反する心のトラウマを抱えている事を知る。亜梨沙の母親は智史に亜梨沙がこれほど男性に心を許しているのが信じられないと語る。

3人で食事中に小さい頃の亜梨沙の話をする母親、酔った母親は父親のせいで亜梨沙が男性不信になったという。それに対して智史は自分の母親が早死していたことを話し、母親のいる亜梨沙が羨ましいと語る。

母親が眠ったあとに智史と亜梨沙の2人はナローボートのデッキ上で長イスに横たわり夜空の星屑を眺めながら、今までの恋愛感について語り合う。智史は愛する人を亡くすことが怖いといい、亜梨沙は男性不信から抜けれないと話す。

そんなある日智史が遺伝と関係が比較的多い疾患である肥大型心筋症で倒れて、その看病に亜梨沙が病院へいくことになり2人はもうお互いが必要と考え始めることとなる。

智史は恐怖心を乗り越えて亜梨沙にナローボートを手伝って欲しいと言うが、父親の影響による男性不信を引き摺っていた亜梨沙は悩む。

ナローボート上で始めて2人して夜空を眺めたあの夜に感じたトキメキ!こんなことがあるのかと今でもその夜のことが信じられない亜梨沙が出した結論とは・・・?

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★下記の全作品を、FC2小説サイトで無料公開中です。よろしければ、お楽しみください!

【1】夜のグラフィティ(原稿用紙432枚)

【2】校内放送で、ビートルズ (原稿用紙307枚)

【3】府立第14中~青春グラフィティ!(原稿用紙374枚)

【4】もう一度聴いてみようかホテルカリフォルニア(原稿用紙400枚)

【5】そうだ、ドルフィンへ行こう!(原稿用紙376枚)

【6】今何故、500マイルも離れて(原稿用紙403枚)

【7】坊っちゃん、フォーエバー(原稿用紙350枚)

【8】ブローイングインザウィンドでも聴いてごらん(原稿用紙310枚)

【9】木登り~タイムワープ(原稿用紙307枚)



【10】ゲバ字の消えた夏(原稿用紙91枚)

【11】高校3年生のネアンデルタール人(原稿用紙88枚)

【12】アルバート・ドッグに吹く風(原稿用紙90枚)

【13】ワーズワースそして教授と私の旅(原稿用紙90枚)

【14】天窓から眺めるロンドンの街(原稿用紙90枚)

【15】チェスターの空の下(原稿用紙90枚)

【16】ウクレレの音が流れる夏(原稿用紙90枚)

【17】私は夢見るシャンソン人形(原稿用紙90枚)

【18】いつか観たジョンレノン(原稿用紙90枚)

【19】あの日聴いた夢のカリフォルニア(原稿用紙90枚)

【20】懐かしいね、ガントレ!(原稿用紙90枚)

【21】神楽坂で聴くサウンドオブサイレンス(原稿用紙90)

【22】キャロルキングをお寺で(原稿用紙90)

【23】サウンドトラックはユーミンで(原稿用紙90枚)

【24】ルート66への誘い(原稿用紙90枚)

【25】俺たちのジュークボックス(原稿用紙90枚)

【26】キックオフは、これから!(原稿用紙90枚)

【27】タイムカプセルからビートルズ(原稿用紙90枚)

【28】2人のランナウェイ(原稿用紙90枚)

【29】もうラヴソングは唄えない(原稿用紙90枚)

【30】遅れてきたラヴレター(原稿用紙90枚)

【31】君にとどけボーントゥーラン(原稿用紙100枚)

【32】母はクラプトンが大好き(原稿用紙100枚)

【33】タイム・アフター・タイムなんて(原稿用紙100枚)

【34】シャーリーンの唄ですよね(原稿用紙100枚)

【35】気分はハロー・グッバイ(原稿用紙100枚)

【36】クロスロードとオヤジたち(原稿用紙100枚)

【37】サザンカンフォートを抱えた娘(原稿用紙100枚)

【38】あなたがトミーで私がジーナ(原稿用紙100枚)

【39】ロールプレイング・ラヴをあなたと(原稿用紙100枚)

【40】パンタロンじゃなくベルボトムさ!(原稿用紙100枚)

【41】俺は根っからのランブリング・マン(原稿用紙100枚)

【42】タイムタイムタイム~冬の散歩道(原稿用紙100枚)

【43】俺のロード・ソングは、ウィリン(原稿用紙100枚)

【44】アメリカ《名前のない馬》から始まった(原稿用紙100枚)

【45】ツェッペリンに包まれて(原稿用紙100枚)

【46】ロイ・ブキャナンの流れる家(原稿用紙100枚)

【47】フォークソングが消えた日(原稿用紙100枚)

【48】終わらないメロディー(原稿用紙100枚)

【49】俺もお前も、ストレンジャー(原稿用紙100枚)

【50】俺ジョニ・ミッチェルで聴きたいね(原稿用紙100枚)

【51】今さら、ハートに火をつけて(原稿用紙100枚)

【52】アフリカを聴きながら(原稿用紙100枚)

【53】プロコル・ハルムが唄っている(原稿用紙100枚)

【54】ゼーガーとエバンズが教えてくれた(原稿用紙100枚)

【55】ビタースウィート・サンバを取り戻せ(原稿用紙100枚)

【56】ティアーズ・イン・ヘヴンなんて(原稿用紙100枚)

【57】俺たちはフール・オン・ザ・ヒル(原稿用紙100枚)

【58】このリフに魅せられて(原稿用紙100枚)

【59】さらば黄昏のレンガ路よ(原稿用紙100枚)

【60】心にハングリー・ハートを(原稿用紙100枚)

【61】いつもジャーニーが流れていた(原稿用紙100枚)

【62】ジャニスと踊ろう(原稿用紙100枚)

【63】俺は今でも25or6to4(原稿用紙100枚)

【64】君に捧げるララバイ(原稿用紙100枚)

【65】ジャニスが語りかけた夜(原稿用紙100枚)

【66】キリング・ミー・ソフトリーをあなたに(原稿用紙100枚)

【67】恋をするならシェイクスピアで(原稿用紙100枚)

【68】ゲーテが教えてくれた愛のシーズン(原稿用紙100枚)

【69】僕と君だけのファーザー・クリスマス(原稿用紙100枚)

【70】恋する気分は、ヴェルレーヌから(原稿用紙100枚)

【71】愛を語るならヴェッキオ橋で(原稿用紙100枚)

【72】ショーシャンクの空が・・・(原稿用紙100枚)

【73】ビーハイブ・ヘアの女(ひと)(原稿用紙100枚)

【74】カセットから流れ出たメロディ(原稿用紙100枚)

【75】オヤジたちのスタンドバイミー(原稿用紙100枚)

【76】届かない、君へのラブソング(原稿用紙100枚)

【77】マージー・ビートに魅せられて(原稿用紙100枚)

【78】父のギターが残してくれたもの(原稿用紙100枚)

【79】夜のパリ、それはラヴレターの香り(原稿用紙100枚)

【80】閉ざされたままのギターケース(原稿用紙100枚)

【81】雨の日には、グラント・グリーンでも(原稿用紙100枚)

【82】ボースサイドナウが流れる喫茶店で(原稿用紙100枚)

【83】恋のリフレイン(原稿用紙100枚)

【84】ベイビーが流れていた季節(原稿用紙100枚)

【85】フォロー・ミーに誘われて(原稿用紙100枚)

【86】それでも、あなたにラヴソングを(原稿用紙100枚)

【87】想い出のコンサート・チケット(原稿用紙100枚)

【88】スターダストをあなたと(原稿用紙100枚)

★F1予選でのアロンソの哀しいコメント・・・

★昨日のF1公式予選でQ2で敗退したアロンソが無線でチームスタッフと交わした会話が哀しかったです。アロンソはQ2敗退が決まった走行の後マシンの中からラジオで《俺は最高のラップタイムを残したよ》と話しました

この言葉の重みをどうマクラーレンとホンダはどう受け止めたのでしょう?《ドライバーとしては出来る限りのことはしたから、あとはシャシとエンジンだけだ》この言葉の重みを特に若きホンダのエンジニアたちには受け止めて欲しいと思います。


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★タイ戦の先発予想メンバーですが・・・

タイ戦の先発メンバーを予想してみました。基本的にはUAE戦と同じでいいのですが、大活躍した大迫選手と今野選手の2人が離脱しましたので変更となります。

やはりポイントは長谷部選手、今野選手が抜けたボランチを誰がやるかということになるでしょう。酒井高徳選手がハンブルガーSVでもやったことがあるので起用して欲しいと思いますが・・・。

▼GK
川島 永嗣 (西川 周作) (林 彰洋)

▼DF
酒井 宏樹 (昌子 源)
吉田 麻也 (植田 直通)
森重 真人 (槙野 智章)
長友 佑都 (酒井 高徳)

▼MF
遠藤 航 (倉田 秋)
山口 蛍
香川真司 (清武 弘嗣)

▼FW
久保 裕也 (本田 圭佑) (小林 悠)
岡崎 慎司 (浅野 拓磨)
原口 元気 (宇佐美 貴史)


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★ドルトムントの代表選手たち・・・

ドルトムントの選手たちの以下のメンバーは、今それぞれの母国のワールドカップ予選の試合に臨んでいます。17選手もいる中でレギュラーの座を勝ち取ることは難しいことなでしょう

※アンドレ・シュールレ、ユリアン・バイグル:ドイツ代表
ドイツ vs イングランド(ドルトムント) アゼルバイジャン vs ドイツ(バクー)

※マティアス・ギンター:U-21ドイツ代表
ドイツ vs イングランド(ビースバーデン) ドイツ vs ポルトガル(シュツットガルト)

※フェリックス・パスラック:U-19ドイツ代表
U-19欧州選手権エリートラウンド(ドイツ)

※ヌリ・シャヒン、エムレ・モル:トルコ代表
トルコ vs フィンランド(アンタルヤ) トルコ vs モルドバ(エスキシェヒル)

※ウカシュ・ピシュチェク:ポーランド代表
モンテネグロ vs ポーランド(ポドゴリツァ)

※ピエール=エメリク・オーバメヤン:ガボン代表
ガボン vs ギニア(ル・アーブル)

※香川真司:日本代表
アラブ首長国連邦 vs 日本(アル・アイン)  日本 vs タイ(埼玉)

※ウスマヌ・デンベレ:フランス代表
ルクセンブルク vs フランス(ルクセンブルク) フランス vs スペイン(サン・ドニ)

※ラファエウ・ゲレイロ:ポルトガル代表
ポルトガル vs ハンガリー(リスボン) ポルトガル vs スウェーデン(マデイラ)

※マルク・バルトラ:スペイン代表
スペイン vs イスラエル(ヒホン) フランス vs スペイン(サン・ドニ)

※ミケル・メリーノ:U-21スペイン代表
スペイン vs デンマーク(ムルシア) イタリア vs スペイン(ローマ)

※アレクサンデル・イサク:U-19スウェーデン代表
U-19欧州選手権エリートラウンド(ベルギー)

※ソクラティス:ギリシャ代表
ベルギー vs ギリシャ(ブリュッセル)

※ロマン・ビュルキ:スイス代表
スイス vs ラトビア(ジュネーブ)

※クリスティアン・プリシッチ:アメリカ代表
ホンジュラス vs アメリカ(サンノゼ) パナマ vs アメリカ(パナマシティ)


ドイツ・サッカー協会(DFB)は、ボルシア・ドルトムントのユリアン・バイグルがアゼルバイジャン遠征に帯同しないことを発表した。21歳のMFは22日にジグナル・イドゥナ・パルクで行われたイングランドとの親善試合(1-0の勝利)で左太ももに打撲を負い、66分にエムレ・ジャンと交代していた。その時の写真です!

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★素敵な歌詞をどうぞ!(No.105)

★歌詞の創り手として大好きな、荒井由実さん、松本隆さん、中島みゆきさん、3人の歌詞を紹介します。

そこで今日の【楽曲名:アンジェリーナ/ 作詞:松本隆】のお気に入りのフレーズです!

愛しているお前を 背中越しに そっと抱いて 孤独のボタンを 外してあげる

★松本 隆(まつもと たかし、1949年7月16日 - )は、兵庫県神戸市在住の日本の作詞家。ロックバンド「はっぴいえんど」の元ドラマー。
1968年に細野晴臣が掛け持ちしていたバンド「バーンズ」のドラマーとして活動中に小坂忠、柳田博義、菊池英二らに細野とともに誘われエイプリル・フールを結成(当時は「松本零」名義)した。

この時期に常に本を持ち歩いていて文学青年に見えたことから、細野より「松本、詞を書け」といわれ作詞を担当するようになる。エイプリル・フールが短期間で解散した後、細野、大瀧詠一、鈴木茂と「バレンタイン・ブルー(後のはっぴいえんど)」を結成した。

松本が出演したラジオ番組によれば、作詞は細野から「こんな詩を書け」といわれて渡された輸入盤レコードの歌詞を大学の友人に訳してもらい、自分なりに似せて作ったところから始まったという。

~出典:ウィキペディア~


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★She's got rhythm /The Beach Boys (№355)

この楽曲を聴きながら、本日の連載小説をお楽しみ下さい。『M.I.U. アルバム』(M.I.U. Album)は、1978年にリリースされたザ・ビーチ・ボーイズのアルバム。その1曲目に入っている楽曲です!

★シーズ・ガット・リズム - She's Got Rhythm (Brian Wilson/ Mike Love/ Ron Altbach) 2:27

『ラヴ・ユー』のリリースと商業的失敗の後、彼らは『アダルト・チャイルド』、『メリー・クリスマス・フロム・ザ・ビーチボーイズ』なる二つのアルバム制作に乗り出すが、いずれも制作中止になる。バンドは進むべき方向に関して論争に陥り、解散の危機に瀕していた。ブライアンは悲観し再び薬物を使用して精神病が悪化していた。デニスはソロデビューアルバム『パシフィック・オーシャン・ブルー』を発表し、ほとんどスタジオに姿を現さなかった。

そこで当時TM信奉者であったマイク・ラヴは、アイオワ州のマハリシ国際大学で新作のレコーディングを提案した。(本作タイトルの「M.I.U.」はマハリシ国際大学を意味している。)1977年9月にアル・ジャーディンが指揮をとってレコーディングが開始したが、姿を現したのはマイク、アル、ブライアンの三人だけであった。

アルバムは、マハリシ国際大学でレコーディングした楽曲に加え、『15・ビッグ・ワンズ』の未収録曲、『アダルト・チャイルド』『メリー・クリスマス・フロム・ザ・ビーチボーイズ』からのトラックを流用し完成した。最終的には全てのメンバーが参加しているが、バンド内の対立によりレコーディングに消極的だったカール、デニスの参加は限定的となった。

~出典:ウィキペディア~


『想い出のコンサート・チケット』(第10回目)2-4

ところが大祐が愛美に示していた中途半端な愛情表現には、それなりの理由があったのだった。もっと早い時期に大祐の話を聞くことが出来ていたなら、もっと心を乱すことなく過ごして来られたかもしれなかった。だがそこまで愛美の大祐に対する考えが整理できた時に、再び愛美の前に大きな壁が立ちはだかって来た。

何故なら大祐にとってのまるでトラウマみたいな母親を亡くしてしまった深い悲しみの原体験から、一体どうやって大祐を救い出すことが出来るのだろうか。愛美は又しても大祐を前にして、深い困惑の中に入り込んでいきつつある自分自身を強く意識した。

愛美はもっとはっきりと大祐に自分を見つめて欲しいと、ずっと考えていた。ところがその想いが最終的に大祐を苦しめることにつながることになるなんて、考えてもいなかった。もし本気で大祐が愛美のことを愛おしいと想っていてくれるとしたら、愛美への大祐からの想いを求めることは大祐を苦しめることになるのだった。

愛美は大祐の原体験に近づくことが出来ないか考えてみたが、25歳になった今まで愛美は親しい人との絶対的な別れを経験することがなかった。悲しみを引き摺りながら生きていくことの辛さを、愛美はどう理解したらいいのか分からなかった。

もし今目の前で大祐が新たな別れに遭遇したとしたら、いつまでも大祐の悲しみが打ち消されるまで一緒にいてあげることが出来るかもしれない。もし大祐の涙が止まることがなければ、涙が枯れ果てるまで愛美は大祐の傍らにいてあげたいと思う。

だが大祐の胸の奥に仕舞い込まれた深い悲しみに、愛美は向き合うことが出来ない。そんなことをしたら大祐をただ苦しめるだけに終わるかもしれない。大祐のことを愛美はずっと誤解していたのだ。大祐の大きな身体の中には、人を愛おしく思える深い感情が脈々と流れていたのだった。

大祐の原体験と類似した深い悲しみを経験していない愛美が、大祐に何のアドバイスが出来るというのだろうか。散々考えた結果、ようやく愛美は自分の在り方が少しだけ見えてきた。今まで通りで構わない。大祐に自分の想いのままに動かせてあげることが、今の愛美にとって大祐にしてあげる唯一のことだった。

いつの日か大祐がその時まで愛美のことを愛おしく想っていてくれたとして、大祐が自然に愛美にその想いを伝えることが出来るそんな風景が愛美と大祐が歩んでいく先に待ち受けているとしたら、その時まで今のままで愛美は大祐に寄り添って行けばいい。それだけのことのように、愛美にはようやく思えるようになってきていた。

様々な葛藤を繰り拡げてきた結果、愛美はようやく大祐との自然な距離感を手に入れることが出来た。分かって上げることの出来ない大祐の胸の中までは、決して無理して踏み込むことはしない。ただただ今までどおり大祐が愛美の前に現れたら、精一杯の優しさで迎え入れてあげればいい。それだけのことなのだ。


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★F1開幕戦の公式予選が終わりました・・・

★3月25日(土)、2017年F1第1戦オーストラリアGPは、アルバート・パーク・サーキット(1周/5.303km)で2日目を迎え、現地時間17時(日本時間15時)から予選が行われ、メルセデスのルイス・ハミルトンがポールポジションを獲得しました。

上位のメンバーは昨年までと変わりませんが、フェラーリとメルセデスとのタイム差が縮まっていることが面白くなりそうで楽しみです。それにしてもマクラーレンホンダは結局開幕までにマシンの開発強化が図れませんでした。残念な限りです!

それと今年から映像に提供される情報で各ステージごとの最速タイム、自己ベストタイム、自己ベスト以下の3色に分けた表示はよく工夫されていて興味深かったです。どのステージが早かったがよくわかります

それとDAZNのF1放送の司会をJ-WAVEのBEAT PLANETのサッシャが担当していましたが、F1の知識が豊富で尚且つラジオなどの翻訳もスムーズで、とても聴きやすかったです。でもFM放送のイメージが強いので何となく不思議な気もしました。

※サッシャ(Sascha 1976年9月22日 - )は、ラジオDJ、ナレーター。ドイツ・ヘッセン州生まれ。ドイツ人の父親と日本人の母親の間に生まれ、10歳で日本に移住。獨協大学外国語学部卒業。日本語・英語・ドイツ語のトライリンガルであり、NHK教育『ドイツ語会話』に出演していた事もある。また、最近はフランス語も習得に向け勉強中とのことで、実況を務めるスポーツ中継では、現地映像による選手インタビューの翻訳等も行っている。TV出演としては、来日後、小学生時代にテレビ朝日系で放送されていた『パオパオチャンネル』に素人参加者として2回ほど出演していた。
1999年に音楽専門チャンネルVIBE(現:MTVジャパン)のVJとしてデビュー。2001年にJ-WAVEナビゲーター、FM FUJIDJでラジオDJのキャリアをスタートさせた。
2010年5月8日に放送されたDJ TAROとのUstreamでの番組「BEST HIT UST」にゲスト出演した向谷実と中西圭三のプロジェクト、「向谷倶楽部」のレコーディングとライブにゲスト参加。個人的に鉄道の趣味もあり、向谷の鉄道企画に参加したり、自身のラジオ番組のゲストのピンチヒッターとして向谷が電話出演したりと交流がある。
自転車も好きで、J SPORTSのサイクルロードレース中継の実況も担当している。他には自動車レースのFIA 世界耐久選手権、SUPER GT、スーパーフォーミュラの実況も担当している。
~出典:ウィキペディア~

■【予選順位】F1開幕戦オーストラリアGP
1 L.ハミルトン メルセデス
2 S.ベッテル フェラーリ
3 V.ボッタス メルセデス
4 K.ライコネン フェラーリ
5 M.フェルスタッペン レッドブル
6 R.グロージャン ハース
7 F.マッサ ウィリアムズ
8 C.サインツ トロロッソ
9 D.クビアト トロロッソ
10 D.リカルド レッドブル
■以下Q2ノックアウト
11 S.ペレス フォース・インディア
12 N.ヒュルケンベルグ ルノー
13 F.アロンソ マクラーレン
14 E.オコン フォース・インディア
15 M.エリクソン ザウバー
■以下Q3ノックアウト
16 A.ジョビナッツィ ザウバー
17 K.マグヌッセン ハース
18 S.バンドーン マクラーレン
19 R.ストロール ウィリアムズ
20 J.パーマー ルノー


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★素敵な歌詞をどうぞ!(No.104)

★歌詞の創り手として大好きな、荒井由実さん、松本隆さん、中島みゆきさん、小田和正さん4人の歌詞を紹介します。

そこで今日の【楽曲名:愛になる/ 作詞:小田和正】のお気に入りのフレーズです!

愛は優しく 愛は悲しく 想いを受け止めて どこまでも ずっと連れて行く

★小田 和正(おだ かずまさ、1947年9月20日 - )は、日本のニューミュージックシンガー、シンガーソングライター、音楽プロデューサー。元オフコースのリーダーでボーカル。

オフコース (OFF COURSE) は、1969年から1989年まで活動した日本の音楽グループ。「さよなら」や「Yes-No」などのヒットで知られ、1982年には、日本武道館に於いて連続10日間のコンサートを成功させた。楽曲は、リマスタリングされたりベストアルバムにまとめられるなど、2010年代に至るまで発売され続けている。

~出典:ウィキペディア~


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★Love Is A Woman/The Beach Boys (№354)

この楽曲を聴きながら、本日の連載小説をお楽しみ下さい。『ラヴ・ユー』 (Love You) は、1977年にリリースされたザ・ビーチ・ボーイズのアルバム。その14曲目に入っている楽曲です!

★ラヴ・イズ・ア・ウーマン - Love Is a Woman 2:57

本作の楽曲の大半がブライアン・ウィルソンによって創り上げられた。ビーチ・ボーイズのカムバックと謳われた前作に対し、多くの批評家が、本来の意味でのブライアンの1970年代におけるカムバックは本作によると考えられている。ブライアンが全曲の作曲に関わったビーチ・ボーイズのオリジナル・アルバムは『スマイリー・スマイル』と本作のみである。

ブライアンは1976年当時のセラピスト、ユージン・ランディ博士の助けを得て、実質的なソロ・アルバム『Brian Loves You』を、当時市販されて間もないポリフォニック・シンセサイザーを用いて創り上げようと試みた。同時にビーチ・ボーイズ用として、仮称『The New Album』というアルバムをグループで制作していた。

結局ほとんどの曲を『Brian Loves You』から転用し、『The New Album』から「ホンキン・ダウン・ザ・ハイウェイ」のみを転用して仕上げたのが、本作『ラヴ・ユー』である。ブライアンは本作収録期間中の11月27日にアメリカNBCテレビの番組『サタデー・ナイト・ライヴ』に出演し、未発表だった「ラヴ・イズ・ア・ウーマン」をいち早く演奏した。

~出典:ウィキペディア~


『想い出のコンサート・チケット』(第9回目)2-3

愛美は長い間大祐と多くの時間を過ごしてきていたが、こんな話を大祐から聞かされたのは初めてだった。愛美は今まで張り詰めていたような緊張感が一気に解れていくような気がしていた。そしてそれと同時に何故今の大祐が怖いと思っているのか、そのことが凄く気になった。

『ごめんね。長い間大祐の傍にいたのに、何も分かって上げられなくて・・・』
『愛美が俺に謝ることなどないよ。こんな話を何故今頃になって、俺は愛美に話しているのだろう?しかもこんな風に酔った勢いに任せて、話をするなんて今夜の俺はどうかしているよね。俺、愛美のことを・・・』
大祐がそこまで話し始めた時に、愛美はその話の途中に言葉を挟んだ。

『そこから先の言葉は、大祐がしらふの時に聞かせて欲しい。だから今夜はそれ以上何も言わないでね』
そう言いながら愛美は、大祐がテーブルの上に置いていたグラスを手に取って冷蔵庫まで移動した。愛美は空になっていたグラスに冷たい水を注いだ。だが本当は何故だか頬を伝わってきた涙を、大祐には見られたくなかった。愛美はそっと涙を拭ってから今までとは違って大祐の隣に戻っていった。

『どうぞ』
愛美が大祐に冷たい水の入ったグラスを差し出そうとしたが、大祐はその頭を愛美の膝の上に投げ出してきた。愛美が見つめた大祐は深い眠りに誘われているようだった。

 翌日の土曜日の朝、愛美は久し振りに大きくて温かな大祐の身体の中で目を覚ました。愛美は分厚い胸に右耳を押し付けて大祐の胸の鼓動を聞くのが好きだった。そして愛美がそんな動きをすると、どんなに眠っている時でも大祐は左腕で愛美の背中を優しく包み込んでくれていた。

 全く予想外の展開だった。ふいに酔った大輔が金曜日の夜に愛美の前に現れて、それまで2人の間に拡がっていた冷たい空間が一気に消え去っていた。大祐と多くの気まずい時間が流れていたことなどすっかり忘れた愛美と大祐は、以前と同様に月曜日の朝に2人一緒に出勤していった。

 酔から覚めた大祐は金曜日の夜に、自分が何を愛美に話したかを全く覚えていないと言った。そのことが本当かどうかは、愛美には分からなかった。愛美にとっては大祐が愛美と付き合い始めてからずっと何処と無く何やら一線を引いていた理由が分かったことだけで十分だった。

 大祐は中学生の時に最愛の母親を交通事故で一瞬のうちに失った。そして同じくいや大祐以上に深い悲しみの中に、大祐の父親は落とし込まれた。そんな救いようのない悲しみが大祐を襲っていた過去を、愛美は初めて知らされた。

金曜日の夜、愛美は大祐の《俺、愛美のことを・・・》と話し始めた時に、敢えて大祐の話を止めさせた。あの時あの言葉の後に、大祐はどんな言葉を用意していたのだろう。大祐は愛おしい人を手放すことが怖いと言った。それだけじゃなく《だから今の俺は怖いのさ》とも言っていた。

その時愛美は大祐にとって自分が、手放したくない愛おしい人ではないかと勝手に思い込んだ。愛おしい人を失うことへの怖さが、大祐に愛美に対して一定の距離を常に保つように仕向けていたに違いない。そう考えることが、決して思い上がりなどと愛美には思えなかった。

大学時代からずっと大祐と適当な距離感の中にあった愛美は、そろそろそれなりの決着を付けなければと考えた。そしてそう思い至った大きな理由が、常に大祐が愛美に示していた中途半端な愛情表現だった。もうそんな大祐の我が儘で自分勝手な愛情表現に疲れきってしまった愛美は、大祐との別れを強く意識した。


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★大事な試合に勝つことができました!

★W杯アジア最終予選B組で、日本は2―0でUAEに勝利しました。アウェイで勝ち点3を手に入れることができたのは大きかったと思います。

それにしてもバヒド・ハリルホジッチ監督の手腕の凄さを思い知られた試合でした。監督の試合後のピッチ上でのインタビューで始めた語ったのが「このチームの素晴らしい勝利です。私の指示を皆が聞いて、しっかり守ってくれた。W杯に向けて、良い道のりだと思う」という内容でした。

監督は《勝ちに行くゲーム》と《負けないゲーム》と明確に選手に指示して、試合に向かわせています。今回の試合はオーストラリアとのアウェイの試合と同じで《負けないゲーム》スタイルで試合に臨んだように思います。

香川選手の動きもどちらかというと引き気味で、守備にウェイトを置いた入り方をしていました。背番号10番がゴールを狙っていた以前のスタイルだと格下の相手では勝てますが、格上か同等の相手だと厳しい試合をすることになっていました。それを監督は見事に修正しています。

選手たちによると試合に入ったら選手同士で試合を組み立てろと言っているようです。だから大きなテーマとして《勝ちに行くゲーム》と《負けないゲーム》指示だけ徹底すればいいのでしょう。

恐らくロシアの本番に行った時に、このプレースタイルで戦うことによって素晴らしい結果を残せると信じています。

それにしてもGK川島永嗣(メス)やMF今野泰幸(G大阪)の先発起用には、監督の力量の素晴らしさを改めて再認識させられました。恐らくこれで負けいたら、今頃は解任論でフィバーしていることでしょう!(特に勝ち試合にはコメントしないセルジオさん?たち)その2人が見事に勝利に寄与してくれたわけですからね。ちなみに自分の先発予想メンバーはこの2人だけが外れていました


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★素敵な歌詞をどうぞ!(No.103)

★歌詞の創り手として大好きな、荒井由実さん、松本隆さん、中島みゆきさん、3人の歌詞を紹介します。

そこで今日の【楽曲名:永遠の嘘をついてくれ/ 作詞:中島みゆき】のお気に入りのフレーズです!

君よ永遠の嘘をついてくれ いつまでもたねあかしを しないでおくれ 永遠の嘘をついてくれ 何もかも愛ゆえのことだったと 云ってくれ

★中島 みゆき (なかじま みゆき、本名:中島 美雪(読み同じ)、1952年2月23日 - ) は、北海道札幌市出身のシンガーソングライター、ラジオパーソナリティ。1975年にシングル「アザミ嬢のララバイ」でデビューした。

オリコンにおいて、4つの年代にわたってシングルチャート1位を獲得した唯一のソロ・アーティストであり、他のアーティストへの提供曲が、5つの年代にわたってオリコンシングルチャート1位を獲得している。

また、自身の歌唱も含めると、作詞・作曲を手掛けた作品が5つの年代にわたってオリコンシングルチャート1位を獲得したことになる。

~出典:ウィキペディア~


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★Airplane/The Beach Boys (№353)

この楽曲を聴きながら、本日の連載小説をお楽しみ下さい。『ラヴ・ユー』 (Love You) は、1977年にリリースされたザ・ビーチ・ボーイズのアルバム。その13曲目に入っている楽曲です!

★エアプレイン - Airplane 3:06

本作の楽曲の大半がブライアン・ウィルソンによって創り上げられた。ビーチ・ボーイズのカムバックと謳われた前作に対し、多くの批評家が、本来の意味でのブライアンの1970年代におけるカムバックは本作によると考えられている。ブライアンが全曲の作曲に関わったビーチ・ボーイズのオリジナル・アルバムは『スマイリー・スマイル』と本作のみである。

ブライアンは1976年当時のセラピスト、ユージン・ランディ博士の助けを得て、実質的なソロ・アルバム『Brian Loves You』を、当時市販されて間もないポリフォニック・シンセサイザーを用いて創り上げようと試みた。同時にビーチ・ボーイズ用として、仮称『The New Album』というアルバムをグループで制作していた。

結局ほとんどの曲を『Brian Loves You』から転用し、『The New Album』から「ホンキン・ダウン・ザ・ハイウェイ」のみを転用して仕上げたのが、本作『ラヴ・ユー』である。ブライアンは本作収録期間中の11月27日にアメリカNBCテレビの番組『サタデー・ナイト・ライヴ』に出演し、未発表だった「ラヴ・イズ・ア・ウーマン」をいち早く演奏した。

~出典:ウィキペディア~


『想い出のコンサート・チケット』(第8回目)2-2

お前なんて大嫌いだとかお前の顔なんて二度と見たくないとか言ってくれたら、その時はきっと泣き崩れてしまうかもしれないが涙さえ浮かんでこなくなる頃には、愛美はきっと新しい風景に向かってゆっくりと歩き出すことが出来るかもしれなかった。

 でもそんなことが、愛美の前で起こることはなかった。だがいずれにしても愛美には、もうこれまで通りの形で大祐と同じ風景を眺めていくことは限界だった。後はそんな愛美の気持ちをどんな形で大祐に伝えればいいだけになっていた。

 今度こそもし大佑がまたふらっと愛美の前に現れることがあったら、その時こそもう今までどおりの風景など見たくないとはっきりと愛美は大祐に話そうと決めていた。だからと言ってこちらから以前のようにどうしても愛美が会いたくなった時大祐に連絡をとることはしないと決めていた。

ブルーノ・マーズのコンサートに大祐が愛美を誘ってくれたお礼に愛美が誘った想い出のラウンジで会って以来、愛美は大祐の声も聞くことはなかった。最近の愛美はアパートで自分の部屋に閉じこもる日が多くなってきていて、そんな時にはずっとブルーノ・マーズの♪When I was your manを聴いていた。


愛美のアパートのインターホンが鳴った。金曜日の真夜中、こんな時間に愛美の部屋の前に立っているのは大祐以外に考えられなかった。愛美はドアホンの画面に写っている画像を確認することなくドアを開けた。

『いたのか、よかった・・・』
そう言いながら大祐が大きな身体を小さな愛美に預けてきた。いつになく大祐の身体全体から強いアルコールの香りが愛美を強く刺激した。
『どうしたの、こんなに酔っ払って・・・』

愛美は躊躇うことなく大祐を自分の部屋に迎い入れた。もう二度とこの部屋で大祐と過ごすまいと決心していたのに、あっけなくそんな愛美の想いは消え去っていた。
『はい、どうぞ!』

愛美は大祐をソファに腰掛けせてから、冷たい水をグラスに入れて大祐に差し出した。
『・・・』
頭をゆっくりと揺すりながら大祐は美味しそうに水を飲み干した。

『最初からこれほど酔っ払っているなんて、珍しいわね。何かアルコールの力を借りなければならない出来事でもあったの?』
相変わらず目を閉じたままでいる大祐に愛美は自分の方から話し掛けた。
『愛美、済まない・・・』
聞きなれない言葉を大祐が口にした。ひょっとして愛美は自分の聞き間違えかと一瞬思った。

『済まないって?』
そのことを確認するかのように、大祐の表情を伺いながら愛美は大祐に問い掛けた。
『俺は怖い・・・』
全く想像もしていなかった言葉を大祐が口にした。

『何が怖いの?』
ようやく大祐は目を開けて愛美のことを見つめてくれた。

『愛美に今まで話したことが無かったけど、俺の母親が亡くなった時に見せた父親の狼狽振りが忘れられない。とにかく尋常でなかった。子供の俺が見ていても本当に仲の良かった素敵な夫婦だったのに、ある日突然交通事故で父親は妻を失った。

俺が中学1年生の時だった。その日を境に父親は妻を失ったショックから立ち直れずに家の中に引きこもってしまった。中学生の俺は、そんな父親をただ傍らで見つめていることしか出来なかった。父親が職場に復帰できたのは1年後だった。俺はその1年間で愛する人を失う怖さを思い知らされた。だから今の俺は怖いのさ』


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★映画『わたしは、ダニエル・ブレイク』を観てきました!

■新宿武蔵野館で映画『わたしは、ダニエル・ブレイク を観てきました。(注:一部ネタバレの恐れがあります!)

映画の話に入る前に、新宿武蔵野館について一言だけ言わせてもらいます。中学生時代から通っていた映画館だったのですが、改装してからひどい?映画館になってしまったと思います。傾斜がないのでどうやっても前列の人の頭がスクリーンにかぶってしまいます。座席は前後で交互になるように設置してありますが、あれだけ傾斜がなければ意味がありません。更に館内に外部の人の話し声が漏れてきます。もう同じ映画を観るのなら、別の映画館に行くことに決めました

★【お気にりのシーンなど・・・】

※正直いつものように余計な情報など入手せずに、あらすじだけを読んで観る映画を決めていきましたが、第69回カンヌ国際映画祭パルムドール(最高賞)受賞し文部科学省特別選定作品にもしていされている映画でした。自分はこのような素晴らしい賞を受賞した作品を、上質な映画だと受け止めるセンスがないことがよくわかりました

個人的には映画を映像、音楽、台詞などの総合芸術と思っている自分としては、これを自分における映画?とは受け止めることができませんでした

シーンを切り替えるときに、なんの余韻も残さずにいきなり一瞬スクリーンが黒くなり次のシーンに移っていきます。内容が勝負の映画なので、こんなことなどどうでもよかったのでしょうか・・・?

個人的にはドキュメンタリー映画としては中途半端だし、ヒューマン映画としては演出が貧相でした。確かに取り上げられているテーマは《真面目な人間が、人間と機械とが一緒に作り上げた規則に翻弄させる醜さを訴える》ということだったのでしょうが、事実を何の演出もなく淡々と描き上げただけの作品にしか思えませんでした。

ラストのダニエルの葬儀の場で彼の手紙が読み上げられますが、恐らくこのシーンが一番の感動のシーンなのでしょうが、残念ながらこみ上げる感動には至りませんでした


【解説】前作の『ジミー、野を駆ける伝説』を最後に映画界からの引退を表明していた、イギリスを代表する巨匠ケン・ローチ監督。
しかし、現在のイギリス、そして世界中で拡大しつつある格差や貧困にあえぐ人々を目の当たりにし、最後にどうしても伝えたい物語として引退を撤回してまで制作されたのが本作『わたしは、ダニエル・ブレイク』である。複雑な制度に翻弄され、人としての尊厳を踏みにじられ貧困に苦しみながらも、助け合い生きていこうとするダニエルとケイティ親子との心の交流が世界中を感動と涙で包み込み、カンヌ国際映画祭では、見事、『麦の穂を揺らす風』に続く2度目のパルムドールを受賞した。さらに、10月21日に公開されたイギリスでは、ケン・ローチ作品史上、最大のヒットを記録するなど、労働者や社会的弱者に寄り添い、彼らを取り巻く厳しい現実と、それでも明日を懸命に生きようとする人間たちを描き続けてきたケン・ローチ監督の集大成であり最高傑作との声が相次いでいる。

【あらすじ】イギリス北東部ニューカッスルで大工として働く59歳のダニエル・ブレイクは、心臓の病を患い医者から仕事を止められる。国の援助を受けようとするダニエルだったが、複雑な制度が立ちふさがり必要な援助を受けることが出来ない。悪戦苦闘するダニエルだったが、シングルマザーのケイティと二人の子供の家族を助けたことから、交流が生まれる。貧しいなかでも、寄り添い合い絆を深めていくダニエルとケイティたち。しかし、厳しい現実が彼らを次第に追いつめていく。


★UAE戦の先発予想メンバーですが・・・

今夜のUAE戦の先発メンバーを予想してみました。

▼GK
西川 周作(林 彰洋) (川島 永嗣)

▼DF
酒井 宏樹 (昌子 源)
吉田 麻也 (植田 直通 )
森重 真人( 槙野 智章)
長友 佑都

▼MF
酒井 高徳(今野 泰幸 )
山口 蛍 (倉田 秋) ※高萩 洋次郎ベンチ外
香川真司(清武 弘嗣 )

▼FW
久保 裕也 (本田 圭佑 ) (浅野 拓磨)
大迫 勇也(岡崎 慎司 )
原口 元気(宇佐美 貴史)


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★素敵な歌詞をどうぞ!(No.102)

★歌詞の創り手として大好きな、荒井由実さん、松本隆さん、中島みゆきさん、3人の歌詞を紹介します。

そこで今日の【楽曲名:何もきかないで/ 作詞:荒井由実】のお気に入りのフレーズです!

あなたはあなたの 私は私の淋しさ 心の隙間を埋め合えれば それでいいのよ

★松任谷 由実(まつとうや ゆみ、本名:同じ、1954年(昭和29年)1月19日 - )は、日本のシンガーソングライター。旧姓名は荒井 由実(あらい ゆみ)。1972年にシングル「返事はいらない」で荒井由実としてデビュー。以降、ユーミンの愛称で呼ばれる。公式ファンクラブは「Yuming Fan Club」。

他アーティストへの作品提供の際には、本名の他、呉田 軽穂(くれだ かるほ)というペンネームを使用する場合もある[注 1]。夫はアレンジャー・松任谷正隆で、彼女の音楽プロデューサーを務める。

オリコンでは、女性最多となるアルバムミリオン「通算10作」、アルバム首位「通算23作目」、アルバム1位獲得最年長記録(歴代3位、女性1位の62歳10ヶ月)の記録を持つ。

~出典:ウィキペディア~


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★I wanna pick you up /The Beach Boys (№352)

この楽曲を聴きながら、本日の連載小説をお楽しみ下さい。『ラヴ・ユー』 (Love You) は、1977年にリリースされたザ・ビーチ・ボーイズのアルバム。その12曲目に入っている楽曲です!

★アイ・ウォナ・ピック・ユー・アップ - I Wanna Pick You Up 2:39

本作の楽曲の大半がブライアン・ウィルソンによって創り上げられた。ビーチ・ボーイズのカムバックと謳われた前作に対し、多くの批評家が、本来の意味でのブライアンの1970年代におけるカムバックは本作によると考えられている。ブライアンが全曲の作曲に関わったビーチ・ボーイズのオリジナル・アルバムは『スマイリー・スマイル』と本作のみである。

ブライアンは1976年当時のセラピスト、ユージン・ランディ博士の助けを得て、実質的なソロ・アルバム『Brian Loves You』を、当時市販されて間もないポリフォニック・シンセサイザーを用いて創り上げようと試みた。同時にビーチ・ボーイズ用として、仮称『The New Album』というアルバムをグループで制作していた。

結局ほとんどの曲を『Brian Loves You』から転用し、『The New Album』から「ホンキン・ダウン・ザ・ハイウェイ」のみを転用して仕上げたのが、本作『ラヴ・ユー』である。ブライアンは本作収録期間中の11月27日にアメリカNBCテレビの番組『サタデー・ナイト・ライヴ』に出演し、未発表だった「ラヴ・イズ・ア・ウーマン」をいち早く演奏した。

~出典:ウィキペディア~


『想い出のコンサート・チケット』(第7回目)2-1

(2)もう限界なのに・・・

いろいろな面で疲れきっていた愛美は、少なくとも仕事面においては少しだけ両肩にのしかかっていた重みがやわらいできていた。仕事上での出口を見失っていた愛美は、いつものように中島さんから的確なアドバイスを得ていた。ラジオ局の最大の強みである時間帯によるリスナーの年齢層や性別を強く意識した新たな番組の企画書を次から次へと作成していた。

 立ち止まっていた仕事が何となく動き始めたと同時に、愛美は大祐のことをまた考え始めていた。仕事の忙しさもあったかもしれないが、これほど長い時間愛美が大祐のことを考えもしない時間が続いたことはなかった。勿論大祐に会いたいと想う気持ちが、大祐のことを考えると同時に強く愛美を突き動かそうとしていることを意識もしていた。

 いっそのこと愛美も大祐と同じように気軽に会いたいときに会えればいい、それ以上のものは必要としない割り切ることが出来たらと何度も考えたことがあった。大祐が気軽な想いでいるのに、愛美は生真面目な想いで大祐と向き合おうとしていた。このすれ違いがすべての悲劇の始まりかもしれなかった。

 一体そんな想いに包み込まれている愛美自身に何が出来るというのだろうか?中途半端に大祐と距離をとってはいるけど、明確に愛美は大祐に会いたくない或いは会えないと言った言葉を投げ掛けてはいなかった。もうこれ以上大祐の一言や行動の一つ一つに振り回されるのは、愛美には耐えられなかった。

 だからと言って大祐の言動に心を弾ませたり落ち込んだりしている愛美がなくなったら、一体愛美に何が残ると言うのだろう。確かに目の前の時間を次々に過去という範疇に送り込んでいくのなら、仕事に夢中になっていればよかったかもしれない。でもそのような時間の流れの中に、想い出という風景は拡がっていかない。

 今までにも何度も愛美は自分の素直な想いを大祐にぶつけてきていた。ところがその都度いつも大祐にまともに向き合ってもらえず適当にはぐらかされてばかりいた。そんな時に大祐からの反応など一切期待などせずに、愛美も自由奔放に振舞うことが出来たらどれほど気が楽だろうと考えることもあった。

 大祐と同様に一人っ子だった愛美に、大学卒業時から折に触れて田舎の両親が1日も早く家に戻ってくることを口にするようになっていた。愛美は田舎に戻っての自分の生活など、全く考えられなかった。そんな両親が最近は結婚のことまで口にするようになっていた。

 この両親からの結婚への注文も、愛美の感情を苛つかせていた。勿論自分の中で適当にやり過ごしてさえいればいいだけの話と考えてはいたが、それでも気にならないと言えばそれはそれで嘘だった。やはり結婚という形に拘ることはなかったが、それでも親以外にこれから一緒に時間を共有していく相手を欲しいという気持ちはそれなりに高まってきていた。

 そんなことも加わって愛美は、大祐に今まで以上にはっきりしたものを期待するようになっていた。今までどれほど大祐が愛美に示す冷たい態度に、愛美は振り回されてきただろう。だがだからと言ってその都度大祐は、愛美のことを否定するような言葉を絶対に口にすることはなかった。


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★ケルティック・ウーマンが来日・・・

嬉しい情報が流れてきました。何故か早朝に聴きたくなる曲ですね!

※【来日公演情報】ケルティック・ウーマン・ジャパン・ツアー2017『ヴォイセズ・オブ・エンジェルズ』
2017年9月12日(火)、13日(水)東京 Bunkamuraオーチャードホール2017年9月15日(金)大阪 NHK大阪ホール

ケルティック・ウーマン(Celtic Woman)は、アイルランド出身の女性で構成される4人組の音楽グループ(過去には5人組、6人組の時代もあり)。結成後、ツアーやスケジュール等によりメンバーが変遷している。2004年9月15日、ケルティック・ウーマンはダブリン市内でPBSの公開番組収録を行った。

プロデューサーのSharon Browne、Dave Kavanagh、ディレクターであり作曲家でもあるデヴィッド・ダウンズ(David Downes)によって、この番組は2005年3月にアメリカで放送され、それから数週間のうちに1stアルバム『Celtic Woman』がビルボード世界音楽チャート1位に輝いた。

2006年7月22日には68週連続1位となり記録を更新、最終的に81週連続1位という記録を残した。ダブリン市内での収録映像はDVD化され、アルバムと同時発売された。

~出典:ウィキペディア~




★素敵な歌詞をどうぞ!(No.101)

★歌詞の創り手として大好きな、荒井由実さん、松本隆さん、中島みゆきさん、3人の歌詞を紹介します。

そこで今日の【楽曲名:ALONE/ 作詞:松本隆】のお気に入りのフレーズです!

哀しい噂きいても まさかと笑ってたのに 週末のカフェ 君と彼 ささやくのを見ていた

★松本 隆(まつもと たかし、1949年7月16日 - )は、兵庫県神戸市在住の日本の作詞家。ロックバンド「はっぴいえんど」の元ドラマー。
1968年に細野晴臣が掛け持ちしていたバンド「バーンズ」のドラマーとして活動中に小坂忠、柳田博義、菊池英二らに細野とともに誘われエイプリル・フールを結成(当時は「松本零」名義)した。

この時期に常に本を持ち歩いていて文学青年に見えたことから、細野より「松本、詞を書け」といわれ作詞を担当するようになる。エイプリル・フールが短期間で解散した後、細野、大瀧詠一、鈴木茂と「バレンタイン・ブルー(後のはっぴいえんど)」を結成した。

松本が出演したラジオ番組によれば、作詞は細野から「こんな詩を書け」といわれて渡された輸入盤レコードの歌詞を大学の友人に訳してもらい、自分なりに似せて作ったところから始まったという。

~出典:ウィキペディア~


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★Let's Put Our Hearts Together /The Beach Boys (№351)

この楽曲を聴きながら、本日の連載小説をお楽しみ下さい。『ラヴ・ユー』 (Love You) は、1977年にリリースされたザ・ビーチ・ボーイズのアルバム。その11曲目に入っている楽曲です!

★レッツ・プット・アワ・ハーツ・トゥゲザー - Let's Put Our Hearts Together 2:14

本作の楽曲の大半がブライアン・ウィルソンによって創り上げられた。ビーチ・ボーイズのカムバックと謳われた前作に対し、多くの批評家が、本来の意味でのブライアンの1970年代におけるカムバックは本作によると考えられている。ブライアンが全曲の作曲に関わったビーチ・ボーイズのオリジナル・アルバムは『スマイリー・スマイル』と本作のみである。

ブライアンは1976年当時のセラピスト、ユージン・ランディ博士の助けを得て、実質的なソロ・アルバム『Brian Loves You』を、当時市販されて間もないポリフォニック・シンセサイザーを用いて創り上げようと試みた。同時にビーチ・ボーイズ用として、仮称『The New Album』というアルバムをグループで制作していた。

結局ほとんどの曲を『Brian Loves You』から転用し、『The New Album』から「ホンキン・ダウン・ザ・ハイウェイ」のみを転用して仕上げたのが、本作『ラヴ・ユー』である。ブライアンは本作収録期間中の11月27日にアメリカNBCテレビの番組『サタデー・ナイト・ライヴ』に出演し、未発表だった「ラヴ・イズ・ア・ウーマン」をいち早く演奏した。

~出典:ウィキペディア~


『想い出のコンサート・チケット』(第6回目)1-6

大祐は最近の愛美の様子が変わってきていたことが気になり出していた。今までも定期的に何となく愛美が大祐の下から遠ざかっていこうとしているのを感じることもあったが、今回だけはその愛美の思い込みのレベルがそれまでのものとは違っていたように感じられていた。

 大祐に愛美は2人きりで会うようになってから、すぐに特別な関係を意識した風景を一緒に眺めていきたいと言っていた。大祐はその時もそして今も、とにかく縛られることから自分を離れたところに置いておきたいと考えていた。正直大祐にとって愛美は初めて多くの風景を一緒に眺めることとなった女性だった。

 同じ大学の同じゼミで知り合い気がついたら大祐は、愛美の姿をいつも追い求めている自分に気がつかされた。そして大学卒業後も大祐は広告代理店に就職へ愛美はラジオ局に就職していた。愛美が偶然にもラジオ局で営業部門に配属になっていたこともあり、大学卒業後も仕事上でも大祐は愛美と行き来していた。

 もう5年間も大祐は愛美のもとへ出たり入ったりを続けていた。そんな関係性について、愛美はいよいよ終止符を打とうと考えていることを、大祐は最近の愛美の様子から感じ取っていた。そのことは大祐自身の愛美に対する気持ちの持ちようについても、改めて考えさせることとなっていた。

 大祐の母親は、大佑が中学1年生の時に交通事故であっけなく大祐の前から消え去っていた。一人っ子だった大祐は母親からの愛情を独占して育ってきていた。そんな大祐がいつも通り母親に見送られて登校した寒い日に、授業中に教室から母親が担ぎ込まれた病院へ直行した。大祐が病院に着いた時には、もう母親は息を引き取っていた。

 あの日たった数時間の中での出来事を、その後の大祐は今までずっと引き摺っていた。勿論そんな大祐より一番ショックを受けたのは、大祐と同様に突然最愛の妻を失うこととなった父親だった。その父親の母親を亡くしてからの落ち込みように、大祐は自分の悲しみと向き合うことより父親の急変ぶりにある意味恐怖心すら覚えた。

 父親はその日を境に、家の中に引きこもってしまった。母親を亡くした上に父親のそんな変わり果てた姿を見ることとなった大祐は、愛する人が突然いなくなることの怖さを、まだ大人になっていなかった中学生の時に原体験として一生付き合っていく重荷を背負い込んでいたのだった。

一番身近に感じていた母親の死とたった1人きりの家族となった父親の混乱ぶりは、その後の大祐に大きな影響を与えたことは間違いなかった。自己防衛本能からか大祐は、気がついた時には人を愛おしく想う心を自分の胸の奥底に閉じ込めたのだった。

大佑が自分自身と向きあってそんな結論に辿り着く切っ掛けを作ってくれたのは、愛美の存在だった。大祐は愛美を初めて見た時から、愛美の虜になっていた。だがそんな自分に気がついた時から、絶対に愛美の存在がどんどん自分の中で膨らんでいくことを極力押さえ込もうと考えた。

何故ならもう愛する人を失う悲しみを味わいたくない想いからだった。それだけはなく愛する人を失う悲しみに、どんな形にせよ愛美にあわせてしまうことも危惧した。そして気がついた時には、決して容易に受け入れることが出来ない身勝手な男性として振舞っている自分に大祐はなりきっていた。

大学4年生の時に大祐がブルーノ・マーズのコンサートに愛美を誘ってくれたお返しに招待した愛美と大祐にとって想い出のラウンジで話をしたあの夜から、愛美からの連絡は全く来なくなっていた。

勿論あの夜愛美が最後に言った《もういいわ・・・》という言葉に恐れを感じていた大祐の方からも愛美のもとをふらりと訪ねることも出来ないでいた。愛美との間でこんな中途半端な時間を迎えることとなったのは、初めてのことだった。


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★今週末、いよいよF1の今シーズンが開幕します

今年こそHONDAエンジンの実力発揮を期待していたのですが、残念ながら開幕直前の合同テストの結果も冴えませんでした。どうやら今年も昨年と同じようなレースを見せられることになるのでしょうが、それでもマクラーレンホンダを応援したいと思います。

HONDAがスポンサーなのでマクラーレンがエンジンサプライヤーを変えることができないなどと言われないように、しっかりと結果を残して欲しい思います

※【F1】アロンソ、困難な開幕戦を覚悟「最善を尽くして、できる限り週末を楽しむ」・・・~出典:motorsport.com 日本版 3/21(火) 11:53配信 ~


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★今度こそ香川選手の活躍を期待しています!

今週末のワールドカップ予選の試合での、香川選手への期待が高まってきています。前回は足首を痛めていたので、十分な活躍が出来ませんでした。

最近のドルトムントでの調子も良さそうなので、今度こそ思い切り暴れて欲しいと思っています。最近のマスコミの報道ぶりでも香川選手への期待が高まってきているのがよくわかります。

※【ブンデス日本人の現地評】明暗くっきり!? 代表招集選手の直近の評価と現状・・・ブンデスリーガ第25節、ドルトムントの香川は金曜日に行なわれたインゴルシュタット戦(1-0で勝利)でも先発フル出場を果たし、公式戦3試合連続フル出場と調子を上げている。~出典:SOCCER DIGEST Web 3/21(火) 12:07配信~

好調維持の香川真司、長谷部欠場濃厚もUAEにリベンジ誓う「必ず勝つ」~出典:GOAL 3/20(月) 11:36配信~

香川真司輝き戻った! さぁUAE戦「ここが大事」~出典:日刊スポーツ 3/19(日) 10:04配信~


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★昨夜NHKの100年インタビューを観ました・・・

昨夜NHKTVで以下の番組を観ました。改めて小田和正さんというアーチストに魅せられました。インタビューに対して自分に問い掛けてそれに朴訥に答えている姿勢に感銘を受けました。

良い歳のとりかたというものがあるとすれば、小田和正さんみたいな歳の重ね方ができたら素敵でしょうね。それにしても70歳でまっ白なTシャツとジーンズ姿があれほどフィットしているなんて、信じられませんでした。

そこで大好きな歌詞を紹介しているメンバーに今日から小田和正さんを加えさせてもらうことにしました、感性溢れる言葉を味わっていきたいと思っています

※時は待ってくれない「アーティスト 小田和正」

日本を代表するアーティスト、小田和正さん。69歳。高校の同級生と結成した「オフコース」として1970年にデビュー。「さよなら」「愛を止めないで」などヒット曲を連発するが、89年解散。

その後はソロ活動に入る。91年に発表した「ラブ・ストーリーは突然に」が270万枚を超える大ヒットを記録。長年、第一線で活躍し続ける小田さんの音楽との向き合い方や生き方に深く迫る。聞き手は、阿部渉アナウンサー。

※小田和正さん~今年70歳、本当ですか。うそじゃないですか?
「昔、いくつくらいまで歌うんだろうって。
若い頃は30過ぎても歌っているんだろうかっていう時期があった。
イメージがわかないという言い方はおかしいかもしれないけど、なかなか重ならないんだよね、70っていうところに。
ただ、そこに進んで行くしかないっていうだけのことなんだけど。」

※小田和正さん~デビューから、10年近くがたっていました
「苦節何年とか結構言われたね。
でも、受けないから何とかお客さんに近づいて応援してもらおうとか、そういう気はなかったから、常に音楽的なことを追究して、なんか音楽がまずいからいけないんだろうっていうことで、ずっとやってきて。
一生懸命頑張っていたから、知らないうちにそれだけの時間がたっちゃったという感じだった。」

※小田和正さん~創設メンバーの鈴木康博さんが脱退しました
「無念な感じ、青春な感じだったのかな。
いつまでも仲良くっていうのは理想だけど、音楽だからね。
政治とか、政治に妥協があるっていう言い方はおかしいかも知れないけど、一番これが無難っていうか、そういうのを見つけていくわけじゃない。
でも音楽は、妥協点を見つけるわけにはいかないのが音楽なんじゃないか。」

※小田和正さん~自動車事故で重傷を負い、アーティスト生命が危ぶまれたのです
「ファンの人たちが心配して、“とにかく生きてくれているだけで良かった”という、手紙だったのかな、いっぱいもらって、びっくりした。
“ああ、こんなふうに思ってくれるんだから、喜んでもらわなきゃ”っていう、そんなふうに考えたことなかったんだけど、そこで初めてそういう考え方になった。」

※小田和正さん~自分のことをさらけ出すようになりましたよね
「オフコースの時代は、そういうところは一切出さないで、格好つけて、俺が自分で格好つけようと思ったわけじゃないけど、そういうすかしちゃってる感じのところで戦ってたんだろうね。
自分がかっこよくなりたかったら等身大をでかくしなくちゃいけないわけで、“これが僕の等身大です”って見せることが、自分のパフォーマンスだったのかなって。」

※小田和正さん~キーを下げて歌ったりされる方が多いですよね
「みんなオリジナルに近い感じで聞きたいわけだから、その期待は裏切りたくないから、キーを下げなくちゃ歌えなくなったら、潔く身を引くのがいいなってぼんやり思ってんだけど。」

※小田和正さん~引退のイメージ「“へへへ”って。
“へへへ”って書いておいてください。」

~出典:NHK~


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★昨日のNHKFMの番組ですが・・・

★NHKFMで面白い番組がありました。3月20日(月・祝)に《今日は一日“失恋ソング”三昧》が放送されました。下記のプレイリストをみると、なるほど人によってこれほど多くの失恋ソングが存在するのだと納得させられました。

とにかく演出として《歌詞を朗読する》というのが素敵でした!それにしても何故人は恋をしたがるものなのでしょうか・・・?当分は恋愛小説を書き続けることになりそうです

そこで最終結果は以下のとおりでしたが順当と言えるのでしょうね。

技能賞・春なのに/柏原芳恵
敢闘賞・駅/竹内まりや
最も泣ける失恋ソング大賞・うらみ・ます/中島みゆき


※春は別れの季節。全国のリスナーの皆さんから心に残る「失恋ソング」をリクエストしてもらい、10時間にわたり紹介していく。企画・進行は、有働由美子アナウンサー。

全国のリスナーの皆さんから、心に残る「失恋ソング」のリクエストをメールやツイッターで募集し、時間の許す限り紹介していく。この番組は、有働由美子アナウンサーが企画したもので、進行役も本人が務める。有働アナが「ぜひ恋愛をテーマに伺ってみたい」と考える豪華ゲストが次々と登場する。皆さんから寄せられた歌にまつわるエピソードを紹介し、歌詞も朗読。NHKふれあいホールから10時間にわたり生放送する。

石田ゆり子, 柏原芳恵, 北原ミレイ, しゃもじ, はなわ, 大塚明子, 中野信子, 【司会】有働由美子, 【朗読】森田美由紀, 黒崎めぐみ

“失恋ソング”プレイリスト

01.待つわ/あみん
02.Baby,Baby/岡村孝子
03.卒業/斉藤由貴
04.うそつき/古内東子
05.月の記憶/浜田真理
06.M/プリンセス プリンセス
07.知らない/星野源
08.雨/森高千里
09.First Love/宇多田ヒカル
10.春なのに/柏原芳恵(Liveで)
11.ハロー・グッバイ/柏原芳恵(Liveで)
12.うらみ・ます/中島みゆき
13.わかれうた/中島みゆき
14.喝采/ちあきなおみ
15.くちづけに願いを/柏原芳恵
16.優しい雨/小泉今日子
17.難破船/中森明菜
18.秋止符/柏原芳恵
19.最愛/柏原芳恵(Liveで)
20.ざんげの値打もない/北原ミレイ(Liveで)
21.ブルースカイ ブルー/西城秀樹
22.津軽海峡・冬景色/石川さゆり
23.勝手にしやがれ/沢田研二
24.別れても好きな人/ロス・インディオス&シルヴィア
25.シングルベッド/シャ乱Q
26.マイガール/嵐
27.涙のシーソーゲーム/AKB48
28.さよならを教えて/comment te dire adieu
29.言葉にできない/小田和正
30.さよなら/オフコース
31.恋人よ/五輪真弓
32.好きになって、よかった/加藤いづみ
33.サボテンの花/チューリップ
34.366日/HY
35.NAO/HY
36.メロディー/玉置浩二
37.たとえあなたが去っていっても/松任谷由実
38.素顔/長渕剛
39.私はピアノ/高田みづえ
40.想い出がいっぱい/H2O
41.最後の言い訳/徳永英明
42.僕のそばに/徳永英明
43.由美子の恋の歌(仮)/はなわ
44.SORRY BABY/SION
45.Martha/トム・ウェイツ
46.ながれ星/福山雅治
47.元気をだして/竹内まりや
48.もう恋なんてしない/槙原敬之
49.I Love you,SAYONARA/チェッカーズ
50.Over/Mr.children
51.もうひとつの土曜日/浜田省吾
52.最後の雨/中西保志
53.鴨川/馬場俊英
54.雪白の月/Kinki Kids
55.プレゼント/Jitterin' Jinn
56.さよなら大好きな人/花*花
57.サンキュ./DREAMS COME TRUE
58.駅/竹内まりや
59.クリスマス・イブ/山下達郎
60.恋/奥華子
61.会いたくて 会いたくて/西野カナ
62.らいおんハート/SMAP


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プロフィール

間々田 陽紀

Author:間々田 陽紀
■好きな音楽、好きな映画、好きなサッカー、好きな車などをちりばめながら、気ままに小説を書いています。ヨーロッパ旅行した時に撮影した街並みの写真を添えておきますので、楽しんで下さい。

★公開済
【1】《作品№4》夜のグラフィティ(原稿用紙432枚)
【2】《作品№5》もう一度聴いてみようかホテルカリフォルニア(原稿用紙400枚)
【3】《作品№2》府立第14中~青春グラフィティ!(原稿用紙374枚)
【4】《作品№3》そうだドルフィンへ行こう(原稿用紙376枚)
【5】《作品№1》校内放送でビートルズ(原稿用紙307枚)
【6】《作品№7》坊っちゃん、フォーエバー!(原稿用紙350枚)
【7】《作品№8》ブローイング・イン・ザ・ウィンドでも聴いて ごらん(原稿用紙308枚)
【8】《作品№10》ゲバ字の消えた夏(原稿用紙91枚)
【9】《作品№12》アルバート・ドッグに吹く風(原稿用紙90枚)
【10】《作品№13》ワーズワースそして教授と私の旅(原稿用紙90枚)
【11】《作品№15》チェスターの空の下(原稿用紙90枚)
【12】《作品№14》天窓から眺めるロンドンの街(原稿用紙90枚)
【13】《作品№17》私は夢見るシャンソン人形(原稿用紙90枚)
【14】《作品№19》あの日聴いた夢のカリフォルニア(原稿用紙90枚)
【15】《作品№21》神楽坂で聴くサウンドオブサイレンス
 (原稿用紙90枚)
【16】《作品№23》サウンドトラックはユーミンで(原稿用紙90枚)
【17】《作品№22》キャロルキングをお寺で(原稿用紙90枚)
【18】《作品№27》タイムカプセルからビートルズ(原稿用紙90枚)
【19】《作品№28》2人のランナウェイ(原稿用紙90枚)
【20】《作品№29》もうラヴソングは唄えない(原稿用紙90枚)
【21】《作品№31》君にとどけボーントゥーラン(原稿用紙100枚)
【22】《作品№32》母はクラプトンが大好き(原稿用紙100枚)
【23】《作品№33》タイム・アフター・タイムなんて(原稿用紙100枚)
【24】《作品№37》サザンカンフォートを抱えた娘(原稿用紙100枚)
【25】《作品№38》あなたがトミーで私がジーナ(原稿用紙100枚)
【26】《作品№39》ロールプレイング・ラヴをあなたと(原稿用紙100枚)
【27】《作品№42》タイムタイムタイム~冬の散歩道(原稿用紙100枚)
【28】《作品№44》アメリカ《名前のない馬》から始まった(原稿用紙100枚)
【29】《作品№45》ツェッペリンに包まれて(原稿用紙100枚)
【30】《作品№46》ロイ・ブキャナンの流れる家(原稿用紙100枚)
【31】《作品№48》終わらないメロディー(原稿用紙100枚)
【32】《作品№51》今さら、ハートに火をつけて(原稿用紙100枚)
【33】《作品№53》プロコル・ハルムが唄っている(原稿用紙100枚)
【34】《作品№56》ティアーズ・イン・ヘヴンなんて(原稿用紙100枚)
【35】《作品№58》このリフに魅せられて(原稿用紙100枚
【36】《作品№59》さらば黄昏のレンガ路よ(原稿用紙100枚)
【37】《作品№62》ジャニスと踊ろう(原稿用紙100枚)
【38】《作品№64》君に捧げるララバイ(原稿用紙100枚)
【39】《作品№67》恋をするならシェイクスピアで (原稿用紙100枚)
【40】《作品№69》僕と君だけのファーザー・クリスマス(原稿用紙100枚)
【41】《作品№70》恋する気分は、ヴェルレーヌから(原稿用紙100枚)
【42】《作品№72》ショーシャンクの空が・・・(原稿用紙100枚)
【43】《作品№73》ビーハイブ・ヘアの女(ひと)(原稿用紙100枚)
【44】《作品№76》届かない、君へのラブソング(原稿用紙100枚)
【45】《作品№77》マージー・ビートに魅せられて(原稿用紙100枚)
【46】《作品№80》閉ざされたままのギターケース(原稿用紙100枚)
【47】《作品№82》ボースサイドナウが流れる喫茶店で(原稿用紙100枚)
【48】《作品№83》恋のリフレイン(原稿用紙100枚)
【49】《作品№85》フォロー・ミーに誘われて(原稿用紙100枚)
【50】《作品№86》それでも、あなたにラヴソングを(原稿用紙100枚)

★公開中
【51】《作品№87》想い出のコンサート・チケット(原稿用紙100枚)

★公開予定
【52】《作品№6》今何故、500マイルも離れて(原稿用紙402枚)
【53】《作品№9》木登り~タイムワープ(原稿用紙307枚)
【54】《作品№11》高校3年生のネアンデルタール人(原稿用紙88枚)
【55】《作品№16》ウクレレの音が流れる夏(原稿用紙90枚)
【56】《作品№18》いつか観たジョンレノン(原稿用紙90枚)
【57】《作品№20》懐かしいね、ガントレ!(原稿用紙90枚)
【58】《作品№24》ルート66への誘い(原稿用紙90枚)
【59】《作品№25》俺たちのジュークボックス(原稿用紙90枚)
【60】《作品№26》キックオフは、これから!(原稿用紙90枚)
【61】《作品№30》遅れてきたラヴレター(原稿用紙90枚)
【62】《作品№34》シャーリーンの唄ですよね(原稿用紙100枚)
【63】《作品№35》気分はハロー・グッドバイ(原稿用紙100枚)
【64】《作品№36》クロスロードとオヤジたち(原稿用紙100枚)
【65】《作品№40》パンタロンじゃなくベルボトムさ!(原稿用紙100枚)
【66】《作品№41》俺は根っからのランブリング・マン(原稿用紙100枚)
【67】《作品№43》俺のロード・ソングは、ウィリン(原稿用紙100枚)
【68】《作品№47》フォークソングが消えた日(原稿用紙100枚)
【69】《作品№49》俺もお前もストレンジャー(原稿用紙100枚)
【70】《作品№50》ジョニ・ミッチェルで聴きたいね(原稿用紙100枚)
【71】《作品№52》アフリカを聴きながら(原稿用紙100枚)
【72】《作品№54》ゼーガーとエバンズが教えてくれた(原稿用紙100枚)
【73】《作品№55》ビタースウィート・サンバを取り戻せ(原稿用紙100枚)
【74】《作品№57》俺たちはフール・オン・ザ・ヒル(原稿用紙100枚)
【75】《作品№60》心にハングリー・ハートを(原稿用紙100枚)
【76】《作品№61》いつもジャーニーが流れていた(原稿用紙100枚)
【77】《作品№63》俺は今でも25or6to4(原稿用紙100枚)
【78】《作品№65》ジャニスが語りかけた夜(原稿用紙100枚)
【79】《作品№66》キリング・ミー・ソフトリーをあなたに(原稿用紙100枚)
【80】《作品№68》ゲーテが教えてくれた愛のシーズン(原稿用紙100枚)
【81】《作品№71》愛を語るならヴェッキオ橋で(原稿用紙100枚)
【82】《作品№74》カセットから流れ出たメロディ(原稿用紙100枚)
【83】《作品№75》オヤジたちのスタンドバイミー(原稿用紙100枚)
【84】《作品№78》父のギターが残してくれたもの(原稿用紙100枚)
【85】《作品№79》夜のパリ、それはラヴレターの香り(原稿用紙100枚)
【86】《作品№81》雨の日には、グラント・グリーンでも(原稿用紙100枚)
【87】《作品№84》ベイビーが流れていた季節(原稿用紙100枚)
【88】《作品№88》スターダストをあなたと(原稿用紙100枚)
【89】《作品№89》ナローボートで素敵な恋を!(原稿用紙100枚)

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